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W21.早春の京都三閣巡り(京都市) [ウォーキング京都市]

「早春の京都三閣巡り」に参加してきました。(20190324)

金閣寺
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京都の三閣(金閣寺、銀閣寺、銅閣寺)など歴史ある神社仏閣などを巡ってきました。

当日は晴れ、最高気温12.1℃。天気も良くて気持ち良いウォーキングになりました。

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集合場所京都駅を出発して、銅閣寺、 円山公園を経由して岡崎公園まで歩きます。

集合場所の京都駅
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京都駅の北側にある京都タワー
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京都駅を出発して、暫く歩くと市比賣神社を通過します。

市比賣神社(いちひめじんじゃ)
御祭神は全て女神様をお祀りしているところから女性の守り神とされ、女性全ての願い事にご利益があります。特に「女人厄除け」の神として厄除け女性の参拝者が全国から絶えません。平安時代より市場の守り神である市比賣社は、多くの人々で賑わっていました。昭和2年日本で初めて「中央卸売市場」が京都に開設された折、分社として「市姫神社」が祀られています。「五十日百日之祝」(いかももかのいわい)は生後五十日目か百日目に当社より「五十顆之餅」を授かり健やかな成長を祈り子供の口に含ませる現在のお食べ初めの発祥として知られています。源氏物語など多くの古典文学にも描かれ、歴史にその名を残しているそうです。
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松原通りを東に歩いて銅閣寺に向かいます。


八坂の塔が見えました。
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銅閣寺(どうかくじ)
大雲院(銅閣寺)東山区祇園町南側。浄土宗の単立寺院。天正年間(1573-92)織田信長・信忠親子の菩提を弔うため、父子の知遇を得ていた貞安上人が、信忠の法名をもって二条烏丸に創建。のち寺町四条に移転したが、天明・元治の大火で焼失。明治初期に復興、1973年(昭和48)現在地に移転した。本堂の背後に山鉾を模した祇園閣がそびえる。信長父子供養塔があるそうです。
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祇園閣
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円山公園、さらに知恩院を通過します。

知恩院
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岡崎公園に着きました。

平安神宮
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岡崎公園で昼食休憩になりました。


昼食休憩後、 南禅寺、哲学の道、銀閣寺、北白川疎水通、北大路通、北大路駅、金閣寺を経由して円町駅まで歩きました。

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南禅寺(なんぜんじ)
南禅寺は1291年に創設された由緒あるお寺で日本の禅寺のトップに位置するお寺だそうです。三門は石川五右衛門の「絶景かな絶景かな……」で知られます。実際の三門は五右衛門の死後30年以上経った1628年の建築だそうです。
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水路閣(すいろかく)
水路閣は琵琶湖疏水の水路橋で1888年完成。全長93.2メートル(幅4メートル、高14メートル)レンガ、花崗岩造り、アーチ型橋脚の風格ある構造物で静かな東山の風景にとけこんでいます。
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銀閣寺に向かいます。
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哲学の道を歩きます。
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銀閣寺(ぎんかくじ)
慈照寺(銀閣寺)にある室町時代建築の国宝建造物。足利義政が西芳寺の瑠璃殿をまねて建てた観音殿。上層の潮音閣に観世音菩薩木像を、下層の心空殿に千体地蔵像を安置する。上層の禅宗仏殿風と下層の住宅風が結び付いた意匠が、北山の金閣とにているため、江戸時代になって、金閣に対して銀閣と呼ばれるようになった。
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北白川疎水通を歩きます。
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鴨川を渡ります。
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北大路通を歩き、北大路駅を通過して金閣寺に向かいます。
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金閣寺(きんかくじ)
鹿苑寺(金閣寺)はお釈迦様の骨をまつった舎利殿の二層・三層が金箔を貼りめぐらしている臨済宗相國寺派の禅寺。金閣を中心とした庭園・建築は極楽浄土をこの世にあらわしたと言われる。世界文化遺産に登録されている。椿やアセビ、紅葉が美しい。西園寺公経の山荘を足利義満が別荘北山殿とした北山文化の中心。金閣の初層は寝殿造・二層は武家造・三層は仏殿造になっているそうです。
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この後、円町駅まで歩きました。
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ご訪問していただきありがとうございました。



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京都初詣ウォーク(京都市) [ウォーキング京都市]

「京都初詣ウォーク」に参加してきました。(20190104)

平安神宮
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昨年に引き続き、今年も京都の有名な平安神宮、清水寺、伏見稲荷大社などに初詣をしてきました。

当日は晴れ、最高気温10.1℃。気持ち良いウォーキングになりました。

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集合場所の京都駅を出発して、東本願寺、佛光寺、鴨川河川敷を経由して平安神宮まで歩きます。

京都駅の前にある京都タワーです。
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集合場所の京都駅に展示されていた生け花
(ジャパンスピリッツ in 京都 華の競演)
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東本願寺(ひがしほんがんじ)
東本願寺は浄土真宗「真宗大谷派」の本山。正式名称は「真宗本廟」だそうです。
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佛光寺に向かいます。
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佛光寺(ぶっこうじ)
佛光寺は真宗佛光寺派の本山。京都渋谷に寺基があった頃(1300年代後半 - 1400年代前半)は、同じ浄土真宗の本願寺をしのぐ勢力があったそうです。
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佛光寺で休憩になりました。


休憩後は鴨川河川敷を歩いて沿って平安神宮まで歩いていきます。

鴨川河川敷を歩きます。
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三条大橋を通過します。
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鴨川を渡ります。
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平安神宮(へいあんじんぐう)
1895年、平安遷都1100年を記念して創建された神社。24mの高さがあり、国の登録有形文化財になっている大鳥居が神宮道をまたぐ。鮮やかな朱色と緑に塗りわけられた社殿は、朝堂院を模している。広大な庭園には珍しい鳥類や、甲羅に草を生やすミノガメ、本州では珍しい南石亀などが生息するそうです。
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平安神宮の前の広場で昼食休憩になりました。


昼食休憩後は自由歩行になりました。

南に向かって、知恩院、八坂神社、清水寺、東福寺、智積院を経由して伏見稲荷大社まで歩きました。

知恩院(ちおんいん)
知恩院浄土宗総本山の寺院。山号は華頂山。本尊は法然上人像(本堂)および阿弥陀如来(阿弥陀堂)、開基(創立者)は法然。浄土宗の宗祖・法然が後半生を過ごし、没したゆかりの地に建てられた寺院で、現在のような大規模な伽藍が建立されたのは江戸時代以降。徳川将軍家から庶民まで広く信仰を集め、今も京都の人々からは親しみを込めて「ちよいんさん」「ちおいんさん」と呼ばれているそうです。
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八坂神社(やさかじんじゃ)
八坂神社は全国にある八坂神社や素戔嗚尊を祭神とする関連神社(約2,300社)の総本社。通称として祇園さんとも呼ばれるそうです。
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二年坂、産年坂
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清水寺(きよみずでら)
清水寺は山号を音羽山。本尊は千手観音、開基(創立者)は延鎮。もとは法相宗に属したが、現在は独立して北法相宗大本山を名乗る。西国三十三所観音霊場の第16番札所だそうです。
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清水寺から京都タワーが見えました。
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妙法院門跡(みょうほういんもんせき)
妙法院は天台宗の寺院、山号を南叡山。本尊は普賢菩薩、開基は最澄。皇族・貴族の子弟が歴代住持となる別格の寺院を指して「門跡」と称するが、妙法院は青蓮院、三千院(梶井門跡)とともに「天台三門跡」と並び称されてきた名門寺院。また、後白河法皇や豊臣秀吉ゆかりの寺院としても知られる。近世には方広寺(大仏)や蓮華王院(三十三間堂)を管理下に置き、三十三間堂は近代以降も引き続き妙法院所管の仏堂となっているそうです。
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智積院(ちしゃくいん)
真言宗智山派総本山。末寺約3000。南北朝のころ創建された紀州根来山の学頭寺院が起こり。1585年(天正13)兵火に遭い、難を京都に避けた。大坂城落城後、豊臣秀吉の愛児鶴松の菩提を弔うために建立した祥雲禅寺の寺領を徳川家康が寄進し、五百佛山根来寺智積院と改め、仏教研学の道場として栄えた。明治に焼けた金堂は1975年(昭和50)に復興。江戸初期を代表する池泉廻遊式庭園は、中国の廬山を形どったといわれ、収蔵庫には、長谷川等伯一派による桜・楓図(国宝)など極彩色の障壁画を展示しているそうです。
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東福寺(とうふくじ)
創建は鎌倉時代。摂政関白・藤原(九條)道家が、南都東大寺と興福寺から「東」と「福」の二字をとり、九條家の菩提寺として造営。仏殿には高さ15mの大仏立像を安置。京の「新大仏寺」として1236年より19年をかけて、都最大の伽藍を完成させたものだそうです。
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伏見稲荷大社(ふしみいなりたいしゃ)
伏見稲荷大社は式内社(名神大社)、二十二社(上七社)の一社。旧社格は官幣大社で、現在は
神社本庁に属さない単立神社。稲荷山の麓に本殿があり、稲荷山全体を神域とする。全国に約3万社あるといわれる稲荷神社の総本社だそうです。
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有名な千本鳥居
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この後、稲荷駅まで歩きました。


ご訪問していただきありがとうございました。




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きょうの禅寺ともみじの嵐山(京都市) [ウォーキング京都市]

「きょうの禅寺ともみじの嵐山」に参加してきました。(20181121)

天龍寺
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京都嵐山周辺の禅寺、紅葉を訪れてきました。

当日は雲リ、晴れ、最高気温16.1℃。気持ち良いウォーキングになりました。

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集合場所花園駅を出発して法金剛院、雙ヶ岡公園、文徳天皇陵を経由して平安郷まで歩きます。

集合場所の花園駅
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直ぐに、法金剛院の前を通過します。

法金剛院(ほうこんごういん)
平安時代の初め、右大臣清原夏野の山荘を没後寺とした。1130年(大治5)待賢門院の御願により当院を建立。円覚上人によって再興。丈六の本尊阿弥陀如来坐像(重文)は定朝様、平安時代後期の代表的な仏像。庭園(特別名勝)は平安末期の池泉回遊式浄土庭園。関西花の寺第十三番だそうです。
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雙ヶ岡公園に向かいます。
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雙ヶ岡公園(ならびがおかこうえん)
雙ヶ岡は標高116m。京都盆地における卓越した展望地点として昭和16年に国の名勝に指定されているそうです。
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紅葉が綺麗でした。
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少し休憩後、平安京に向かいます。

京福電鉄の横を歩きます。
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文徳天皇陵を通過します。

文徳天皇陵(ぶんとくてんのうりょう)
文徳天皇は天安2年(858)に冷然院において崩じ、真原(さねはら)岡の地に葬られ、陵の所在についてはいくつか説があったそうです。最有力の候補とされてきたのは天皇ノ杜古墳(京都市西京区御陵塚ノ越町)。幕末の谷森善臣の推定により、御廟山と呼ばれていた丘上の茶臼山という塚が比定、京都市右京区太秦三尾町に所在する現陵(径約32m、高さ約6mの円墳)だそうです。
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岡田茂吉記念館を見学させていただきました。

平安郷に着きました。

平安郷(へいあんきょう)
平安郷のある地域は京都・嵯峨野の中でも特に平安時代の面影を残し、歴史的風土保存特別地区に指定されて美観や歴史的風情が保たれているそうです。平安郷は広々とした庭に2本の小川が配され、梅、桜、楓など季節を彩る花木や約100種類もの山野草が植えられていて、さらに庭の奥には、閑静な竹林(約3千坪)や嵯峨野を一望できるスポットもあり四季折々の美しさを満喫できるそうです。
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平安郷で昼食休憩になりました。


昼食休憩後、遮照寺、児神社、千代の古道、大覚寺、二尊院、嵐山公園展望台、天龍寺を経由して嵯峨嵐山駅まで歩きました。

遍照寺(へんじょうじ)
989年(平安時代中期)宇多天皇の孫,寛朝僧正が広沢池畔の山荘を改めて寺院にしたもの。嵯峨富士と云われる端麗な遍照寺山を映す広沢池には金色の観世音菩薩を祀る観音島があった。池畔に多宝塔、釣殿等、数々の壮大な伽藍を有する寺院であった。しかし寛朝僧正没後次第に衰微し,鎌倉時代,後宇多天皇により復興されたが後,応仁の乱で廃墟と化した。奇跡的に難を逃れた赤不動明王像と十一面観音像は、いずれも創建当時の作で定朝の父、康尚の作と云われ,現在国指定の重要文化財。赤不動明王は”広沢の赤不動さん”と地元の人に親しまれ,交通安全や厄除けの御祈祷に訪れる人が多いそうです.
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広沢池
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兒神社(ちごじんじゃ)
広沢池西畔の児神社。祭神は遍照寺を建立した真言宗の寛朝を祀るそうです。
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千代の古道を歩きます。
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大覚寺を通過します。

大覚寺(だいかくじ)
嵯嵯峨山と号する真言宗大覚寺派の大本山。当山は嵯峨天皇の離宮嵯峨院の一部で、天皇崩御の後の貞観18年(876)に寺に改められ、大覚寺と名付けられた。その後一時荒廃したが、徳治2年(1307)に後宇多天皇が入寺し、寺を復興するとともに大覚寺統を形成した。以後、持明院統と皇位継承について争い、明徳3年(1392)当寺で南北両朝の媾和が成立した。宸殿は、後水尾天皇の中宮東福門院の旧殿を移築したもので、内部は、狩野山楽筆の「牡丹図」、「紅白梅図」などの豪華な襖絵で飾られている。その外、御影堂(みえどう)、霊明殿(れいめいでん)、五大堂、安井堂、正寝殿(しょうしんでん)、庫裏などの堂宇が建ち並び、旧御所の絢爛さを今に伝えているそうです。
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二尊院に向かいます。
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二尊院(にそんいん)
本尊に釈迦・阿弥陀の二如来(重文)をまつり、正しくは二尊教院華台寺。天台宗。承和年間(834-48)慈覚大師円仁が開基。応仁・文明の乱のあと法然の弟子湛空が再興。総門は伏見城の遺構と伝える薬医門。広い参道は「紅葉の馬場」と呼ばれるそうです。
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嵐山公園展望台に向かいます。

有名な竹林。当日も人がいっぱいでした。
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展望台に行く途中で休憩になりました。
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嵐山公園展望台(あらしやまこうえんてんぼうだい)
眼下に保津川が流れていて、綺麗な景色でした。
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天龍寺(てんりゅうじ)
臨済宗天龍寺派の大本山。足利尊氏が後醍醐天皇の霊を慰めるため、1339年(暦応2)夢窓国師を開山として創建。室町時代には京都五山の第一位を占めた。創建以来八度にわたる大火で創建当時の壮大な面影はとどめていない。現在の諸堂は明治になって再建された。方丈には藤原時代の釈迦如来坐像を安置。多宝殿は吉野朝の紫宸殿を模して建てた。当時の原型を残す曹源池庭園は亀山や嵐山を借景にした池泉廻遊式で、夢窓国師の作庭といわれる。日本で最初に史跡・特別名勝に指定され1994年(平成6)12月には「古都京都の文化財」として、「世界遺産条約」に基づく世界文化遺産に登録されたそうです。
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この後、嵯峨嵐山駅まで歩きました。


ご訪問していただきありがとうございました。



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史跡_御土居_巡り(京都市) [ウォーキング京都市]

「史跡_御土居_巡り」に参加してきました。(20180924)

御土居1(平野御土居)
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京都の御土居を巡るウォークに参加してきました。

当日は曇り、最高気温28.7℃。少し暑かったですが、気持ち良いウォーキングになりました。

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御土居(おどい)
御土居は天下統一を成し遂げた豊臣秀吉が,長い戦乱で荒れ果てた京都の都市改造の一環として外敵の来襲に備える防塁と,鴨川の氾濫から市街を守る堤防として,天正19年(1591)に多くの経費と労力を費やして築いた土塁です。台形の土塁と堀(堀の一部は川,池,沼を利用)からなり,その延長は22.5キロメートルに及び,東は鴨川,北は鷹ヶ峯,西は紙屋川,南は九条あたりにそって築かれました。土塁の内側を洛中,外側を洛外と呼び,要所には七口を設け,洛外との出入口としました。鞍馬口,丹波口などの地名はその名残だそうです。
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集合場所二条駅近くの公園を出発して、北野天満宮、御土居1~4を経由して大宮交通公園(御土居5)まで歩きます。

二条駅近くの公園
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公園を出発して、北野天満宮に向かいます。
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北野天満宮(きたのてんまんぐう)
「北野の天神さん」と親しまれている北野天満宮は、天暦元年(947)に創建され、平安時代に学者・政治家として活躍した菅原道真公をお祀りする全国に約一万社御鎮座する天神社・天満宮の宗祀(総本社)の神社であるそうです。
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少し休憩後、御土居を1から4を通り、大宮交通公園に向かいます。

御土居1(平野御土居)を通過します。
冒頭の写真のところです。
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御土居2(柴野御土居)を通過します。
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佛教大学の横を歩きます。
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御土居3(鷹ケ峯御土居公園)を通過します。
今回の御土居巡りの中で唯一、御土居の上を歩きました。
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御土居4を通過します。
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大宮交通公園に着きました。

大宮交通公園(おおみやこうつうこうえん)
子どもが楽しみながら交通に関する知識や、正しいルールが学べ、市電(車内は図書室)、蒸気機関車の展示や足踏式ゴーカート、三輪車等もあり、交通ルールや安全知識を子供たちが楽しく学べる公園。模擬道路や信号機などが設置され、横断歩道の渡り方などを身につけたり、ゴーカート(有料)で園内高速道を走ることもできるそうです。
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御土居5
標識を見つけることができませんでした。
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ここで昼食休憩した後、石井神社(御土居7)、天寧寺、御土居6を経由して御池駅まで歩きました。

石井神社(御土居7)(いしいじんじゃ)
大正年間、伏見稲荷一の峯に石井稲荷大神の塚が創建される。昭和2年、伏見稲荷一の峯より八木トメ女により遷座。元賀陽宮家の信仰が厚く、昭和5年、元賀陽宮大妃殿下が参拝され、昭和天皇皇子誕生を神前に祈願奉幣された。現在、元町学区の鎮守守護神として崇敬参拝されている。拝殿及春日燈篭は元賀陽家の寄進。叢雲明神は賀陽家の守護神で邸内より遷座。石井神社の地は御土居堀後に位置し、平一大明神や、市五郎神社と同様、土居や土居に住む狐の類を神格化され、祀られた可能性もあるそうです。
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加茂川河川敷を歩きます。
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天寧寺(てんねいじ)
曹洞宗。本尊は釈迦如来像。山門を一に「額縁門」とも称する。天正年間(1573~92)会津城下より移ったと伝える。境内観音堂には、後水尾天皇念持仏と伝える聖観音像と、東福門院念持仏と伝える薬師如来像を安置。境内墓地には、茶人金森宗和、剣道示現流の開祖といわれる善吉和尚や慈野井家累代の墓がある。境内、本堂前のカヤの大木は昭和62年京都市登録天然記念物に指定される。また、本堂、書院、表門(山門)は平成14年京都市指定有形文化財に指定されたそうです。
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寺町通りを通過します。
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御土居6(府立大付属図書館前)に着きました。
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京都御所に着きました。
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少し休憩後、御池駅まで歩きました。
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ご訪問していただきありがとうございました。



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嵯峨野のんびりウォーク(京都市) [ウォーキング京都市]

「嵯峨野のんびりウォーク」に参加してきました。(20180714)

大沢池
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京都の嵯峨野を歩いてきました。

当日は晴れ、最高気温38.5℃。とても暑かったですが、適度に休憩をとり、水分塩分を補給して気持ちの良いウォーキングになりました。

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集合場所新嵯峨嵐山駅を出発して清涼寺、大覚寺、大沢池、千代の古道を経由して 平安郷まで歩きます。

集合場所の嵯峨嵐山駅
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嵯峨嵐山駅を出発し、竹林を通過します。
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常寂光寺の前を通過します。
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落柿舎の横を通過します。
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二尊院の前を通過します。
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清涼寺に向かいます。
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清涼寺(せいりょうじ)
建立:895(寛平7)年頃。嵯峨の釈迦堂で知られる浄土宗の古刹。987年(寛和3)然(ちょうねん)が中国から帰国し、大清凉寺の建立を計画。没後、弟子の盛算が棲霞寺に、師が宋より請来の釈迦如来立像を安置した。体内に内臓を形どった納入物があり、生身如来といわれているそうです。
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少し休憩後、大覚寺に向かいます。

大覚寺(だいかくじ)
嵯嵯峨山と号する真言宗大覚寺派の大本山。当山は嵯峨天皇の離宮嵯峨院の一部で、天皇崩御の後の貞観18年(876)に寺に改められ、大覚寺と名付けられた。その後一時荒廃したが、徳治2年(1307)に後宇多天皇が入寺し、寺を復興するとともに大覚寺統を形成した。以後、持明院統と皇位継承について争い、明徳3年(1392)当寺で南北両朝の媾和が成立した。宸殿は、後水尾天皇の中宮東福門院の旧殿を移築したもので、内部は、狩野山楽筆の「牡丹図」、「紅白梅図」などの豪華な襖絵で飾られている。その外、御影堂(みえどう)、霊明殿(れいめいでん)、五大堂、安井堂、正寝殿(しょうしんでん)、庫裏などの堂宇が建ち並び、旧御所の絢爛さを今に伝えているそうです。
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大沢池を一周します。

とても綺麗な所でした。

大沢池(おおさわのいけ)
大沢池は日本最古の庭池で、嵯峨天皇が810年に造営された離宮「嵯峨院」の苑池の一部です。中国の洞庭湖になぞられて造られたことから「庭湖」とも呼ばれています。また、藤原公任「滝の音は絶えて久しくなりぬれど 名こそ流れてなほ聞こえけれ」と詠んだ名古曽の滝跡がある名勝です。春は桜、秋は紅葉の他に月の名所としても名高く多くの人々が訪れるそうです。
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千代の古道を歩きます。

千代の古道(ちよのこどう)
平安京ができる前から宇多野・嵯峨野へと通じた古道。都人たちがこの道を通ってお月見に出かけたともいわれているそうです。
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平安郷に着きました。

平安郷(へいあんきょう)
平安郷のある地域は京都・嵯峨野の中でも特に平安時代の面影を残し、歴史的風土保存特別地区に指定されて美観や歴史的風情が保たれているそうです。平安郷は広々とした庭に2本の小川が配され、梅、桜、楓など季節を彩る花木や約100種類もの山野草が植えられていて、さらに庭の奥には、閑静な竹林(約3千坪)や嵯峨野を一望できるスポットもあり四季折々の美しさを満喫できるそうです。
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平安郷で昼食休憩になりました。

昼食休憩後、福王子神社、仁和寺、雙ヶ岡を経由して花園駅まで歩きました。

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福王子神社(ふくおうじじんじゃ)
福王子神社は第58代天皇・光孝天皇の女御である班子皇后(はんしこうごう)が祀られており、仁和寺の鎮守として、また近隣の旧村の産土神として崇められています。「福王子」の名前で呼ばれるようになった一説として、班子皇后が第59代宇多天皇などたくさんのお子さんをお産みになったからと言われています。本殿は応仁の乱で全焼してしまいましたが、その後、徳川三代将軍・家光により寄進されました。本殿の屋根は「木賊葺(とくさぶき)」という造りになっており、国の重要文化財にも指定されているそうです。
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仁和寺(にんなじ)
真言宗御室派総本山。仁和2年(886年)光孝天皇が仏教の隆盛を図るため、「西山御願寺」の建立を発願され、宇多天皇が仁和4年(888年)年その造営を完成。ユネスコの世界文化遺産に登録。江戸時代の儒学者貝原益軒の「京城勝覧」という京都の名所の案内書にも、吉野の桜に比べて勝るとも劣らないと絶賛され、大正13年に国の名勝にも指定されたそうです。
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ユニークな雲を見かけました。
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雙ヶ岡(ならびがおか)
雙ヶ岡は標高116m。京都盆地における卓越した展望地点として昭和16年に国の名勝に指定されているそうです。
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この後、花園駅まで歩きました。

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ご訪問していただきありがとうございました。




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新緑の蹴上ツツジと琵琶湖疏水ウォーク(京都) [ウォーキング京都市]

「新緑の蹴上ツツジと琵琶湖疏水ウォーク」に参加してきました。(20180503)

蹴上浄水場
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新緑の蹴上ツツジと琵琶湖疏水を歩いてきました。今年は開花時期が早く、残念ながらツツジは見ごろを過ぎていました。

当日は曇り、24℃。新緑の疏水沿いを歩くなど気持ち良いウォーキングになりました。

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集合場所二条駅近くの公園を出発して、二条城、堀川遊歩道、京都府庁、京都御所を経由して平安神宮まで歩きます。

二条駅
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二条駅を出発して二条城に向かいます。

二条城(にじょうじょう)
徳川幕府における京都の拠点となった二条城は徳川家康が慶長8年(1603年)に京の宿館として建設した平城。家康と豊臣秀頼との会見場所となったほか、幕末の慶応3年(1867年)には15代将軍慶喜がここで大政奉還を行ったそうです。
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堀川遊歩道を歩き、京都府庁、京都御所に向かいます。
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京都府庁を通過します。

京都府庁(きょうとふちょう)
京都府庁旧本館は明治37年(1904)12月20日竣工。昭和46年まで京都府庁の本館として、また、現在も執務室や会議室として使用されており、創建時の姿をとどめる現役の官公庁建物としては日本最古のもの。平成16年(2004年)12月10日に国の重要文化財に指定されたそうです。
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京都御所に着きました。

京都御所(きょうとごしょ)
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京都御所で少し休憩になりました。

休憩した後、鴨川河川敷を歩き平安神宮まで歩きます。

鴨川を渡ります。
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平安神宮に着きました。

平安神宮(へいあんじんぐう)
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平安神宮近くの岡崎公園で昼食休憩になりました。


昼食休憩後は蹴上浄水場、永興寺、琵琶湖疏水を経由して山科駅まで歩きました。


平安神宮を出発します。

蹴上浄水場
「蹴上のつつじ」が一般公開されていましたが、今年は開花時期が早く、残念ながらツツジは見ごろを過ぎていました。
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浄水場で休憩後、琵琶湖疏水に向けて歩きます。
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琵琶湖疏水に着きました。
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日の岡第11号橋
日本で最初の鉄筋コンクリートの橋だそうです。
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永興寺(ようこうじ)
曹洞宗のお寺。曹洞宗の開祖道元禅師の弟子詮彗和尚が京都市内に1254年に永興庵を結びましたが、比叡山徒の焼き討ちにあい、市内を転々としていたのですが、1919年にこの地に行き着きました。現在の本堂は1984年に新築されたものだそうです。
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琵琶湖疏水沿いを歩きます。
新緑が気持良かったです。
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この後、ゴールのJR山科駅まで歩きました。
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ご訪問していただきありがとうございました。




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京都歴史の道ウォーク(京都) [ウォーキング京都市]

「京都歴史の道ウォーク」に参加してきました。(20180321)

京都御苑
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京都市内の歴史的な街並みなどを歩いてきました。

当日は雨、最高気温10.6℃。久しぶりに雨の中のウォーキングになりました。

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集合場所京都駅を出発して東本願寺、六角堂、京都御苑、護王神社、晴明神社を経由して今宮神社まで歩きます。

集合場所京都駅の北側にある京都タワー
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京都駅を出発して直ぐ東本願寺に着きました。

東本願寺(ひがしほんがんじ)
東本願寺は浄土真宗「真宗大谷派」の本山。正式名称は「真宗本廟」だそうです。
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六角堂に向かいます。

京都駅、東本願寺を南側に臨みます。
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四条通を通過します。
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六角堂に着きました。

六角堂(ろっかくどう)
紫雲山頂法寺(しうんざんちょうほうじ)と号する寺で、本堂が六角宝形造(ほうぎょうづくり)であることから、一般に「六角堂」の名で人々に親しまれている。開基は聖徳太子で、四天王寺建立の用材を求めて太子がこの地を訪れた時、霊告によってこの地に御堂を建て、守護仏の観音像を安置したのが始まりと伝えられている。早くから人々の崇敬を受け、弘仁13年(822)には嵯峨天皇の勅願所となり、また長徳2年(996)には花山法皇の御幸があり、西国33箇所観音霊場(現18番の札所)となったと伝えられる。建仁元年(1201)、親鸞聖人が当寺に100箇日間参籠して霊告を受け、後に真宗を開宗する根源となった。本堂には、聖徳太子の持仏と伝える本尊如意輪観音像、親鸞像、毘沙門天立像(重文)などを安置する。本堂前の六角形の礎石は臍(へそ)石といい、古来、京都の中心に当たるとされてきた。また、本堂北の本坊は池坊(いけのぼう)と呼ばれ、室町時代以降、多くのいけ花の名手を輩出した所で、華道発祥の地として有名である。現在も池坊華道の拠点となっているそうです。
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京都御苑に着きました。

京都御苑(きょうとぎょえん)
「京都御苑」はもともとが皇室の苑地に当たる国民公園という珍しい公園。国民公園は環境省が管理していて、「京都御苑」「皇居外苑」「新宿御苑」と日本で3つしかないという公園。京都市内の中心部にありながら自然が豊かで市民の憩いの場になっているそうです。
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雨の中、外人さんも見学に来ていました。
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冒頭の写真
枝垂れ桜でしょうか、見事でした。



少し休憩した後、今宮神社に向かいます。
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護王神社を通過します。

護王神社(ごおうじんじゃ)
京都御所の西側烏丸通り沿いに鎮座する神社。平安京建都に貢献された和気清麻呂公(わけのきよまろこう)をお祀りしています。確かな創建年は伝えられていませんが、洛西の高雄山神護寺の境内に和気公の霊社として祀られ、嘉永14年(1851)、孝明天皇により「正一位護王大明神」の神階神号を授けられ、明治19年(1886)、明治天皇の勅命により京都御所蛤御門前の現在地に遷座されました。三百頭もの猪が和気公を災難から救ったという故事により、境内には霊猪像(狛いのしし)をはじめ、数多くのイノシシにまつわる物が奉納され、いのししの神社として親しまれているそうです。
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晴明神社を通過します。

晴明神社(せいめいじんじゃ)
祭神は平安時代の高名な陰陽師・安倍晴明。晴明公は星座の急変から花山天皇の退位を予知するなど数々の占いや予言を行ったという説話が伝わる。境内には難病を治すと伝わる「晴明水」が湧いており遠方より訪れる人も多い。また本殿などに掲げられた神紋は非常に珍しい星形のもので、宇宙万物を表したもの。陰陽道の確立者である安倍晴明を祀る神社だそうです。
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大徳寺の境内を通過します。
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今宮神社に着きました。

今宮神社(いまみやじんじゃ)
社格は旧府社。別名「玉の輿(たまのこし)神社」とも言われているそうです。
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今宮神社で昼食休憩になりました。


昼食休憩後、北野天満宮を経由して花園駅まで歩きました。


北野天満宮(きたのてんまんぐう)
「北野の天神さん」と親しまれている北野天満宮は、天暦元年(947)に創建され、平安時代に学者・政治家として活躍した菅原道真公をお祀りする全国に約一万社御鎮座する天神社・天満宮の宗祀(総本社)の神社であるそうです。
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この後、花園駅まで歩きました。


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ご訪問していただきありがとうございました。




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京都初詣ウォーク(京都) [ウォーキング京都市]

京都初詣ウォークに参加してきました。(20180104)

平安神宮
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伏見稲荷神社
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当日は曇り、晴れ、最高気温7.5℃。気持ちの良いウォーキングになりました。

昨年に引き続き、今年も京都の有名な平安神宮、清水寺、伏見稲荷大社などに初詣をしてきました。


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集合場所のJR京都駅を出発して、すぐ近くの東本願寺を経由して佛光寺まで歩きます。

集合場所の京都駅に展示されていた生け花
(ジャパンスピリッツ in 京都 華の競演)
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JR京都駅の前にある京都タワーです。
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東本願寺(ひがしほんがんじ)
東本願寺は浄土真宗「真宗大谷派」の本山。正式名称は「真宗本廟」だそうです。
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佛光寺(ぶっこうじ)
佛光寺は真宗佛光寺派の本山。京都渋谷に寺基があった頃(1300年代後半 - 1400年代前半)は、同じ浄土真宗の本願寺をしのぐ勢力があったそうです。
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佛光寺で休憩になりました。


休憩後は鴨川河川敷を経由して平安神宮まで歩きます。

鴨川河川敷を歩きます。
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鴨川を渡ります。
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平安神宮(へいあんじんぐう)
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平安神宮の前の広場で昼食休憩になりました。


昼食休憩後は自由歩行になりました。

南に向かって、知恩院、八坂神社、清水寺、東福寺などを経由して伏見稲荷大社まで歩きました。

知恩院(ちおんいん)
知恩院浄土宗総本山の寺院。山号は華頂山。本尊は法然上人像(本堂)および阿弥陀如来(阿弥陀堂)、開基(創立者)は法然。浄土宗の宗祖・法然が後半生を過ごし、没したゆかりの地に建てられた寺院で、現在のような大規模な伽藍が建立されたのは江戸時代以降。徳川将軍家から庶民まで広く信仰を集め、今も京都の人々からは親しみを込めて「ちよいんさん」「ちおいんさん」と呼ばれているそうです。
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八坂神社(やさかじんじゃ)
八坂神社は全国にある八坂神社や素戔嗚尊を祭神とする関連神社(約2,300社)の総本社。通称として祇園さんとも呼ばれるそうです。
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二年坂、産年坂
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清水寺(きよみずでら)
清水寺は山号を音羽山。本尊は千手観音、開基(創立者)は延鎮。もとは法相宗に属したが、現在は独立して北法相宗大本山を名乗る。西国三十三所観音霊場の第16番札所だそうです。
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清水寺から京都タワーが見えました。
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妙法院門跡(みょうほういんもんせき)
妙法院は天台宗の寺院、山号を南叡山。本尊は普賢菩薩、開基は最澄。皇族・貴族の子弟が歴代住持となる別格の寺院を指して「門跡」と称するが、妙法院は青蓮院、三千院(梶井門跡)とともに「天台三門跡」と並び称されてきた名門寺院。また、後白河法皇や豊臣秀吉ゆかりの寺院としても知られる。近世には方広寺(大仏)や蓮華王院(三十三間堂)を管理下に置き、三十三間堂は近代以降も引き続き妙法院所管の仏堂となっているそうです。
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智積院(ちしゃくいん)
真言宗智山派総本山。末寺約3000。南北朝のころ創建された紀州根来山の学頭寺院が起こり。1585年(天正13)兵火に遭い、難を京都に避けた。大坂城落城後、豊臣秀吉の愛児鶴松の菩提を弔うために建立した祥雲禅寺の寺領を徳川家康が寄進し、五百佛山根来寺智積院と改め、仏教研学の道場として栄えた。明治に焼けた金堂は1975年(昭和50)に復興。江戸初期を代表する池泉廻遊式庭園は、中国の廬山を形どったといわれ、収蔵庫には、長谷川等伯一派による桜・楓図(国宝)など極彩色の障壁画を展示しているそうです。
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東福寺(とうふくじ)
創建は鎌倉時代。摂政関白・藤原(九條)道家が、南都東大寺と興福寺から「東」と「福」の二字をとり、九條家の菩提寺として造営。仏殿には高さ15mの大仏立像を安置。京の「新大仏寺」として1236年より19年をかけて、都最大の伽藍を完成させたものだそうです。

今回は境内に入れませんでした。
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伏見稲荷大社(ふしみいなりたいしゃ)
伏見稲荷大社は式内社(名神大社)、二十二社(上七社)の一社。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁に属さない単立神社。稲荷山の麓に本殿があり、稲荷山全体を神域とする。全国に約3万社あるといわれる稲荷神社の総本社。初詣では近畿地方の社寺で最多の参拝者を集めるそうです。(日本国内第4位〔2010年〕)。

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有名な千本鳥居
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この後、JR稲荷駅まで歩きました。


ご訪問していただきありがとうございました。




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京の七口シリーズ2_鳥羽口(京都) [ウォーキング京都市]

「京の七口シリーズ2_鳥羽口」に参加してきました。(20171224)


羅城門跡
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京の七口の一つである鳥羽口を中書島から京都駅まで歩いてきました。

当日は曇り、最高気温13.6度。気持ち良いウォーキングでした。


京の七口
室町期から江戸期にかけて、京都と諸国とを結ぶために設けられた街道の出入口。七という数は一定したものでなく時代によって変化した。七口とは五畿七道の七、七口も時代の要請に従って変わり六口の時や十口以上の場合もある。1591年(天正19)豊臣秀吉が洛中四辺に御土居を築造したため一応の固定化をみた。主な七口には粟田口・東寺口・丹波口・鳥羽口・鞍馬口・大原口・荒神口がある。これらの名称も場所も時代とともに変動した。中には粟田口・鞍馬口・荒神口のように現在の地名として残っている。また駅名ではJR山陰線「丹波口」、近鉄「上鳥羽口」があるそうです。

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中書島駅近くの公園を出発して金札宮、大黒寺、津和橋、経由して鳥羽離宮跡公園まで歩きます。

集合場所中書島駅近くの伏見港公園
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出発して直ぐに疎水沿いを歩きます。
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金札宮に着きました。

金札宮(きんさつぐう)
京都伏見の当社・金札宮は、伏見で最も古い神社のひとつで祭祀を司る霊験あらたかな天太玉命(白菊翁・白菊大明神)を祀りまた観阿弥の謡曲「金札」や、ご神木で京都市指定天然記念物のクロガネモチの木でも知られ開運と幸運を呼ぶ神社として永く人々の尊崇を集めているそうです。
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すぐ横に大黒寺がありました。

大黒寺(だいこくじ)
円通山と号し、空海(弘法大師)の開基と伝える真言宗東寺派の寺で、もとは長福寺といった。豊臣秀吉が深くこの寺を信奉したのをはじめ、武家の信仰が深かったが、元和元年(1615)伏見奉行山口駿河守(するがのかみ)は、薩摩藩主島津家久の命をうけて、この寺を武運長久の祈願所に定め、寺名を大黒寺と改めたという。本尊聖観音立像と出世大黒天立像は空海が当寺を創立したとき安置したものと伝えている。幕末に西郷隆盛などの志士が国事を論じたという一室があるほか、明治維新志士の遺墨等を所蔵する。境内には、西郷隆盛が建てたという有馬新七ら寺田屋殉難九烈士の墓碑をはじめ、伏見義民の文珠九助(もんじゅうきゅうすけ)、木曽川治水工事の犠牲となった薩摩藩家老平田靭負(ゆきえ)の墓があるそうです。
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少し休憩後、鳥羽離宮跡公園に向かいます。

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津和橋を左に曲がります。
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鳥羽離宮跡公園 に着きました。
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鳥羽離宮跡公園で昼食休憩になりました。


休憩後、浄禅寺、羅城門跡、東寺まで歩きました。

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浄禅寺(じょうぜんじ)
鳥羽離宮の北面の武士であった遠藤盛遠は、渡辺左衛門尉源渡の妻袈裟に横恋慕し、その夫 源渡を殺して袈裟御前を我ものにしようとする。袈裟御前は一計を案じ、自ら夫の身代わりとなって遠藤盛遠に殺される。その事実を知った遠藤盛遠は自らの罪を悔いて出家し文覚と名乗った。それ以後文覚は全国各地を廻って荒行し、のちに高雄神護寺等を再興した。恋塚は袈裟御前の首を埋めた塚で、1647年(正保4)当時の領主 永井日向守直清が林羅山に撰させて袈裟御前の貞女を顕彰した碑が境内に建つ。浄土宗西山禅林寺派。「京の六地蔵めぐり」の一つ「鳥羽地蔵尊」として知られる。観音堂には9~10世紀とされる十一面観世音菩薩(京都市指定文化財)を祀る。開山は1182(寿永元)年、または1144(天養元)とも云われているそうです。
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千本通りを通り羅城門跡、東寺に向かいます。
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羅城門跡(らじょうもんあと)
794年(延暦13)に建設した平安京の正門。東西4.5キロ、南北5.3キロの京域中央部の南端に羅城門がそびえ、北端の朱雀門と相対していた。門は正面33メートル、奥行8メートル。二重閣瓦屋根造で棟両端に金色の鴟尾を置く。鬼の腕切りなど能・小説・映画「羅生門」で有名だそうです。
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東寺(とうじ)
東寺真言宗の総本山。794年(延暦13)の平安京造営に際し、その2年後、国家鎮護のため羅城門の東に創建。823年(弘仁14)空海(弘法大師)に下賜された。講堂(重文)には大日如来を中心に国宝の五大明王など21体の仏像を安置。この配列は立体曼荼羅といわれる。金堂(国宝)は豊臣秀頼の再建。大師堂(御影堂・国宝)は、大師在世時の住房で、弘法大師像(国宝)と、大師念持仏の不動明王坐像(国宝)を安置。五重塔(国宝)は徳川家光が再建、高さ55メートルで、わが国最高。内部は非公開。宝物館に真言密教の文化財多数を陳列。1994年(平成6)12月「古都京都の文化財」として、「世界遺産条約」に基づく世界文化遺産に登録されたそうです。
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この後、JR京都駅まで歩きました。

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ご訪問していただきありがとうございました。




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秋の京都紅葉ベスト巡り(京都) [ウォーキング京都市]

「秋の京都・紅葉ベスト巡り」に参加してきました。(20171202)

清水寺
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京都の紅葉(清水寺・高台寺・永観堂・南禅寺)を巡ってきました。

当日は晴れ、最高気温12.8℃。気持ち良いウォーキングになりました。。

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集合場所京都駅からひかり公園、三十三間堂、清水寺、高台寺、八坂神社、大鐘楼を経由して平安神宮まで歩きます。

京都駅北側の京都タワー
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ひかり公園を出発して、三十三間堂、清水寺、高台寺に向かいます。
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三十三間堂(さんじゅうさんげんどう)
南北に120メートル。内陣の柱と柱の間数が33あり、木造建築では世界でも類稀な長さ。1164年(長寛2)後白河上皇が発願し、平清盛が寄進して創建。堂内には、中尊千手観音坐像(国宝)を中心に千体の千手観音立像、観音二十八部衆像が並ぶそうです。「通し矢」で有名です。
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妙法院の前を通過します。
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清水寺(きよみずでら)
清水寺は山号を音羽山。本尊は千手観音、開基(創立者)は延鎮。もとは法相宗に属したが、現在は独立して北法相宗大本山を名乗る。西国三十三所観音霊場の第16番札所だそうです。
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参道は大勢の人でした。
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高台寺近くからの眺めです。
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高台寺(こうだいじ)
1606年(慶長11)豊臣秀吉の正室北政所が秀吉の菩提を弔うため創建。臨済宗建仁寺派。伏見城の一部を移築、壮観を極めたが、火災に遭い、今は表門、開山堂、霊屋と茶室傘亭・時雨亭(いずれも重文)観月台等を残す。秀吉と北政所の坐像を安置する霊屋内部の須弥壇などに施された蒔絵文様は、「高台寺蒔絵」として有名。茶室化査定の天井は、竹が放射状に組まれており、から傘を開いた様子を表した珍しいもので、時雨亭とともに、桃山時代茶室建築の代表的なものだそうです。
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高台寺近くの円徳院前です。着物姿の女性を見かけました。
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八坂神社(やさかじんじゃ)
八坂神社は全国にある八坂神社や素戔嗚尊を祭神とする関連神社(約2,300社)の総本社。通称として祇園さんとも呼ばれるそうです。
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円山公園を通り、大鐘楼に向かう途中です。紅葉が見事でした。
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大鐘楼(だいしょうろう)
高さ3.3メートル、直径2.8メートル、重さ約70トン。知恩院の釣鐘は、京都方広寺、奈良東大寺と並ぶ大鐘として知られています。この大鐘は、寛永13年(1636)、知恩院第32世雄誉霊巌上人のときに鋳造されたものです。また、この大鐘を支える鐘楼は延宝6年(1678)、知恩院第38世玄誉万無上人のときに造営されたもので、国内最大級の大鐘を支えるにふさわしく、静かななかにも堂々とした佇まいを見せています。この大鐘が鳴らされるのは法然上人の御忌大会(4月)と大晦日の除夜の鐘だけですが、とりわけ除夜の鐘は親綱1人・子綱16人の17人で撞き、京都の冬の風物詩となっているそうです。
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知恩院の門を通り、平安神宮に向かいます。
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平安神宮(へいあんじんぐう)
平安遷都1100年祭(1895年・明治28)に市民の総社として鎮座。桓武、孝明両天皇を祀る。平安京大内裏の正庁を模した応天門、大極殿など朱塗りの建築が美しく、神苑(名勝)は約3万平方メートルの池泉回遊式庭園で、東、中、西、南の4苑にわかれ、それぞれの四季の花が見事に咲くそうです。

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平安神宮近くの岡崎公園で昼食休憩になりました。


昼食休憩後、永観堂、南禅寺を経由して東山駅まで歩きました。


哲学の道を歩きます。
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永観堂(えいかんどう)
正しくは禅林寺。浄土宗西山禅林寺派の総本山。853年空海の弟子真紹が藤原関雄の山荘を譲り受け、尊像を安置、真言宗の道場としたのが始まり。承暦年間(1077-81)第7世永観が入寺。浄土念仏道場とした。顔を斜め後ろに向けた阿弥陀如来像は‘みかえり阿弥陀’として知られる。国宝の絹本着色山越阿弥陀図(鎌倉期)など多くの寺宝を所蔵。毎年11月には寺宝展を開く。紅葉の名所でも有名だそうです。
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南禅寺(なんぜんじ)
南禅寺は1291年に創設された由緒あるお寺で日本の禅寺のトップに位置するお寺だそうです。三門は石川五右衛門の「絶景かな絶景かな……」で知られます。実際の三門は五右衛門の死後30年以上経った1628年の建築だそうです。
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この後、東山駅まで歩きました。


ご訪問していただきありがとうございました。



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きょうの禅寺ともみじの嵐山(京都) [ウォーキング京都市]

「きょうの禅寺ともみじの嵐山」に参加してきました。(20171115)

平安郷
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京都嵐山周辺の禅寺、紅葉を訪れてきました。

当日は雲リ、最高気温17.4℃。気持ち良いウォーキングになりました。


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集合場所花園駅を出発して法金剛院、双ケ岡公園、文徳天皇陵、岡田茂吉記念館を経由して平安郷まで歩きます。

花園駅
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法金剛院(ほうこんごういん)
平安時代の初め、右大臣清原夏野の山荘を没後寺とした。1130年(大治5)待賢門院の御願により当院を建立。円覚上人によって再興。丈六の本尊阿弥陀如来坐像(重文)は定朝様、平安時代後期の代表的な仏像。庭園(特別名勝)は平安末期の池泉回遊式浄土庭園。関西花の寺第十三番だそうです。
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双ケ岡公園に着きました。
紅葉が綺麗でした。

双ケ岡公園(ならびがおかこうえん)
双ケ岡は標高116m。京都盆地における卓越した展望地点として昭和16年に国の名勝に指定されているそうです。
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文徳天皇陵に向かいます。

京福電鉄の鳴滝駅近くです。
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文徳天皇陵(ぶんとくてんのうりょう)
文徳天皇は天安2年(858)に冷然院において崩じ、真原(さねはら)岡の地に葬られ、陵の所在についてはいくつか説があったそうです。最有力の候補とされてきたのは天皇ノ杜古墳(京都市西京区御陵塚ノ越町)。幕末の谷森善臣の推定により、御廟山と呼ばれていた丘上の茶臼山という塚が比定、京都市右京区太秦三尾町に所在する現陵(径約32m、高さ約6mの円墳)だそうです。
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平安郷に向かいます。
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岡田茂吉記念館(おかだもきちきねんかん)
岡田茂吉記念館は平安郷整備の一環として平成27年4月に竣工。この記念館では、平安郷庭園の四季の情景などが紹介されているそうです。

岡田茂吉記念館から見た広沢池です。
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平安郷(へいあんきょう)
平安郷のある地域は京都・嵯峨野の中でも特に平安時代の面影を残し、歴史的風土保存特別地区に指定されて美観や歴史的風情が保たれているそうです。平安郷は広々とした庭に2本の小川が配され、梅、桜、楓など季節を彩る花木や約100種類もの山野草が植えられていて、さらに庭の奥には、閑静な竹林(約3千坪)や嵯峨野を一望できるスポットもあり四季折々の美しさを満喫できるそうです。
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平安郷で昼食休憩になりました。


昼食休憩後、遮照寺、児神社、千代の古道、大覚寺、二尊院、嵐山公園展望台、天龍寺を
経由して嵯峨嵐山駅まで歩きました。

遍照寺(へんじょうじ)
989年(平安時代中期)宇多天皇の孫,寛朝僧正が広沢池畔の山荘を改めて寺院にしたもの。嵯峨富士と云われる端麗な遍照寺山を映す広沢池には金色の観世音菩薩を祀る観音島があった。池畔に多宝塔、釣殿等、数々の壮大な伽藍を有する寺院であった。しかし寛朝僧正没後次第に衰微し,鎌倉時代,後宇多天皇により復興されたが後,応仁の乱で廃墟と化した。奇跡的に難を逃れた赤不動明王像と十一面観音像は、いずれも創建当時の作で定朝の父、康尚の作と云われ,現在国指定の重要文化財。赤不動明王は”広沢の赤不動さん”と地元の人に親しまれ,交通安全や厄除けの御祈祷に訪れる人が多いそうです.
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兒神社(ちごじんじゃ)
広沢池西畔の児神社。祭神は遍照寺を建立した真言宗の寛朝を祀るそうです。
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千代の古道
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大覚寺(だいかくじ)
嵯嵯峨山と号する真言宗大覚寺派の大本山。当山は嵯峨天皇の離宮嵯峨院の一部で、天皇崩御の後の貞観18年(876)に寺に改められ、大覚寺と名付けられた。その後一時荒廃したが、徳治2年(1307)に後宇多天皇が入寺し、寺を復興するとともに大覚寺統を形成した。以後、持明院統と皇位継承について争い、明徳3年(1392)当寺で南北両朝の媾和が成立した。宸殿は、後水尾天皇の中宮東福門院の旧殿を移築したもので、内部は、狩野山楽筆の「牡丹図」、「紅白梅図」などの豪華な襖絵で飾られている。その外、御影堂(みえどう)、霊明殿(れいめいでん)、五大堂、安井堂、正寝殿(しょうしんでん)、庫裏などの堂宇が建ち並び、旧御所の絢爛さを今に伝えているそうです。
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二尊院に向かいます。
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二尊院(にそんいん)
本尊に釈迦・阿弥陀の二如来(重文)をまつり、正しくは二尊教院華台寺。天台宗。承和年間(834-48)慈覚大師円仁が開基。応仁・文明の乱のあと法然の弟子湛空が再興。総門は伏見城の遺構と伝える薬医門。広い参道は「紅葉の馬場」と呼ばれるそうです。
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嵐山公園展望台
眼下に保津川が流れていて、綺麗な景色でした。
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天龍寺(てんりゅうじ)
臨済宗天龍寺派の大本山。足利尊氏が後醍醐天皇の霊を慰めるため、1339年(暦応2)夢窓国師を開山として創建。室町時代には京都五山の第一位を占めた。創建以来八度にわたる大火で創建当時の壮大な面影はとどめていない。現在の諸堂は明治になって再建された。方丈には藤原時代の釈迦如来坐像を安置。多宝殿は吉野朝の紫宸殿を模して建てた。当時の原型を残す曹源池庭園は亀山や嵐山を借景にした池泉廻遊式で、夢窓国師の作庭といわれる。日本で最初に史跡・特別名勝に指定され1994年(平成6)12月には「古都京都の文化財」として、「世界遺産条約」に基づく世界文化遺産に登録されたそうです。
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この後、嵯峨嵐山駅まで歩きました。



ご訪問していただきありがとうございました。




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嵐山もみじウォーク(京都) [ウォーキング京都市]

「嵐山もみじウォーク」に参加してきました。(20171109)

渡月橋
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京都嵐山から広沢池、東映映画村などをを訪れてきました。

当日は晴れ、最高気温17.3℃。紅葉は少し早かったようですが、秋晴れの気持ち良いウォーキングになりました。


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集合場所中之島公園を出発して嵐山公園展望台、落柿舎、二尊院、大覚寺、千代の古道、児神社を経由してすりばち池緑地まで歩きます。

中之島公園を出発します。
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暫く歩くと嵐山公園展望台に着きました。

嵐山公園展望台
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有名な竹林を通過します。
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落柿舎、二尊院、大覚寺を通過して千代の古道の向かいます。

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落柿舎(らくししゃ)
松尾芭蕉門下の向井去来(蕉門十哲の一人)が庵を結んだ事が始まり。商人が柿を買う約束をしていたが一夜にして柿が落ちてしまった故事が落柿舎の名の由来と言われている。松尾芭蕉も直接訪れた落柿舎は、向井去来死後衰退し正確な場所が不明になり、1770(明和7)年、現在の地に再興されたそうです。
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二尊院(にそんいん)
本尊に釈迦・阿弥陀の二如来(重文)をまつり、正しくは二尊教院華台寺。天台宗。承和年間(834-48)慈覚大師円仁が開基。応仁・文明の乱のあと法然の弟子湛空が再興。総門は伏見城の遺構と伝える薬医門。広い参道は「紅葉の馬場」と呼ばれるそうです。
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大覚寺(だいかくじ)
嵯嵯峨山と号する真言宗大覚寺派の大本山。当山は嵯峨天皇の離宮嵯峨院の一部で、天皇崩御の後の貞観18年(876)に寺に改められ、大覚寺と名付けられた。その後一時荒廃したが、徳治2年(1307)に後宇多天皇が入寺し、寺を復興するとともに大覚寺統を形成した。以後、持明院統と皇位継承について争い、明徳3年(1392)当寺で南北両朝の媾和が成立した。宸殿は、後水尾天皇の中宮東福門院の旧殿を移築したもので、内部は、狩野山楽筆の「牡丹図」、「紅白梅図」などの豪華な襖絵で飾られている。その外、御影堂(みえどう)、霊明殿(れいめいでん)、五大堂、安井堂、正寝殿(しょうしんでん)、庫裏などの堂宇が建ち並び、旧御所の絢爛さを今に伝えているそうです。
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千代の古道(ちよのこどう)
平安京ができる前から宇多野・嵯峨野へと通じた古道。都人たちがこの道を通ってお月見に出かけたともいわれているそうです。このあたりになると人も少なってきました。
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千代の古道を歩き、児神社、広沢池を通過してすりばち池緑地に向かいます。

児神社(ちごじんじゃ)
大覚寺近く広沢池のほとりにある小さな神社。祭神は広沢の地に遍照寺を建立した名僧、寛朝大僧正(かんちょうだいそうじょう)の侍児。平安時代中期の998年(長徳4年)6月12日、寛朝大僧正が亡くなると仕えていた侍児は、悲嘆・悲泣して寛朝大僧正の後を追って、遍照寺山腹下に広がる広沢の池に身を沈めたと伝えられます。その後、近在の人々がこの児を哀れと思って、その霊を慰めるためにこの社を創建、以来児神社と称されるようになったということです。今では訪れる人も少なくひっそりとした神社です。寛朝大僧正が座禅した際に傍らでいつも侍児が腰を掛けていたという石椅子が、境内に移されて拝殿右側に置かれています。いつの頃からか、神前で一心に祈願して、この石に座れば、必ず長命・安産・縁結びが叶うと伝えられるようになったそうです。
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広沢池
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すりばち池緑地に着きました。
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すりばち池緑地で昼食休憩になりました。

昼食休憩後、東映太秦映画村、広隆寺を経由して太秦駅まで歩きました。

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東映太秦映画村(とうえいうずまさえいがむら)
忍者体験、変身体験などのアトラクションだけでなく、東映アニメキャラクターのイベント が楽しめる体験型テーマパーク東映太秦映画村。江戸の町オープンセットで時代劇や映画の撮影シーンが見れることも魅力だそうです。
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広隆寺(こうりゅうじ)
603年(推古天皇11年)秦河勝が聖徳太子から賜った仏像を本尊として建立した京都最古の寺。その本尊が国宝指定第1号の弥勒菩薩像。桂宮院(国宝)は法隆寺の夢殿に似た単層八角円堂。10月の‘牛祭’は京都三大奇祭の一つだそうです。
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この後、太秦駅まで歩きました。
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ご訪問していただきありがとうございました。



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洛西_古墳めぐりと竹の径(京都) [ウォーキング京都市]

「洛西・古墳めぐりと竹の径」に参加してきました。(20170917)

洛西竹林公園
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京都の洛西、物集女城跡、古墳と洛西竹林公園などを歩いてきました。

当日は曇り、25.1℃。

途中で警報がでたので竹林公園からコース変更になり洛西口駅まで歩きました。


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今回は簡単に掲載いたします。

来迎寺(らいごうじ)
平安時代後期作の仏像が安置されている。京都洛西観音霊場(洛西三十三所観音霊場)第32番札所。創建の詳細、変遷は不明。室町時代、寛正年間(1460-1466)、錦空上人が浄土宗西山派の道場として開創したそうです。
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物集女城跡(もずめしろあと)
この城は、周辺を支配した物集女氏の居城と考えられ、長享元年(1487)の上久世庄(現・京都市南区)の古文書に、物集女四郎右衛門尉光重という名前も見受けられます。 織田信長が山城地方を治めるようになる天正元年(1573)、桂川西岸一帯の支配を任せられた細川 藤孝は、周辺の各城主に信長に従うよう命令をしました。 しかし、物集女氏の当主忠重入道宗入はこれに従わず、天正3年(1575)に勝龍寺城において殺されてしまいました。 これ以後、物集女氏と物集女城記述は文書などから姿を消したそうです。
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物集女車塚古墳(もずめくるまづかこふん)
西ノ岡丘陵の前期の古墳が南北方向に規則的に築かれているのに対して、物集女車塚古墳は丘陵から伸びる尾根を利用してほぼ東西方向に築かれています。後円部は直径31m・高さ9m、前方部は幅38m・高さ8mの大きさです。出土遺物には、埴輪、須恵器、土師器、馬具、刀剣類、装身具などが多くあります。昭和59年に京都府の指定文化財となり、毎年春には内部の横穴式石室が一般公開されているそうです。
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竹の径
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洛西竹林公園(らくさいちくりんこうえん)
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洛西口駅に向かいます。
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洛西口駅付近です。
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今回はNICEボタンをクローズさせていただきました。

ご訪問していただきありがとうございました。




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きょうの禅寺と青もみじをたずねて(京都) [ウォーキング京都市]

「きょうの禅寺と青もみじをたずねて」に参加してきました。(20170709)

南禅寺
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京都の歴史ある禅寺と青もみじを訪ねてきました。

当日は曇り、29.7℃、途中で少し雨が降っていたこともあり、山科駅近くのコースが一部変更になりました。


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集合場所JR円町駅近くの公園を出発して北野天満宮、大徳寺、相国寺を経由して京都御所まで歩きます。

円町駅近くの公園
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公園を出発して北野天満宮に向かいます。
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妖怪ストリートを歩きます。
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北野天満宮に着きました。

北野天満宮(きたのてんまんぐう)
「北野の天神さん」と親しまれている北野天満宮は、天暦元年(947)に創建され、平安時代に学者・政治家として活躍した菅原道真公をお祀りする全国に約一万社御鎮座する天神社・天満宮の宗祀(総本社)の神社であるそうです。
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願いが叶いますように
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少し休憩後、大徳寺に向かいます。

大徳寺の道場付近です。
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大徳寺(だいとくじ)
臨済宗大徳寺派の大本山で龍宝山と号する。鎌倉時代末期の正和4年(1315)に大燈国師宗峰妙超が開創。室町時代には応仁の乱で荒廃したが、一休和尚が復興。桃山時代には豊臣秀吉が織田信長の葬儀を営み、信長の菩提をとむらうために総見院を建立併せて寺領を寄進、それを契機に戦国武将の塔頭建立が相次ぎ隆盛を極めた。勅使門から三門、仏殿、法堂(いずれも重文)、方丈(国宝)と南北に並び、その他いわゆる七堂伽藍が完備する。千利休によって増築された三門二階部分を金毛閣と称し、利休の像を安置したことから秀吉の怒りをかい利休自決の原因となった。本坊の方丈庭園(特別名勝・史跡)は江戸時代初期を代表する枯山水。方丈の正面に聚楽第の遺構と伝える唐門(国宝)がある。什宝には牧谿筆観音猿鶴図(国宝)、絹本着色大燈国師頂相(国宝)他墨跡多数が残されているそうです。
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京都御所に向かいます。
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京都御所に着きました。

紫陽花が綺麗に咲いていました。
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京都御所(きょうとごしょ)
京都御苑の中央北部にある。東西約250m、南北約450mの築地塀と清流の溝に囲まれた広い域内の建物で、現在のものは江戸末期の1855年(安政2)に再建したもので、一部は平安朝の古制を模している。御所は東西南北に6門と歴代天皇が即位した紫宸殿。また、北側に皇后宮常御殿などがあり、小御所前には大きな池を配した優雅な庭園があるそうです。
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京都御所で、昼食休憩になりました。


昼食休憩後、 永観堂、南禅寺、三条通りを経由してJR山科駅まで歩きました。


鴨川を渡ります。
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永観堂(えいかんどう)
正しくは禅林寺といい浄土宗西山禅林寺派の総本山。853年(仁寿3)空海の弟子真紹が藤原関雄の山荘を譲り受け、尊像を安置、真言宗の道場としたのが始まり。承暦年間(1077-81)第7世永観が入寺して以来、徐々に浄土念仏道場へと変わっていった。顔を斜め後ろに向けた阿弥陀如来像は‘みかえり阿弥陀’として知られる。国宝の絹本着色山越阿弥陀図など多くの寺宝を所蔵。毎年11月には寺宝展を開く。紅葉の名所でもあるそうです。
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青もみじが綺麗でした。
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かわいいですね。
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南禅寺に向かいます。
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南禅寺(なんぜんじ)
南禅寺は1291年に創設された由緒あるお寺で日本の禅寺のトップに位置するお寺だそうです。三門は石川五右衛門の「絶景かな絶景かな……」で知られます。実際の三門は五右衛門の死後30年以上経った1628年の建築だそうです。

冒頭の写真のところです。


有名な水路閣で休憩になりました。
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蹴上インクライン(けあげいんくらいん)
蹴上インクラインは琵琶湖疏水による舟運ルートの一区間をなす傾斜鉄道(インクライン)。1891年(明治24年)から1948年(昭和23年)まで実用に供されたそうです。現在は国の史跡として整備され、桜並木の観光スポットになっています。
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インクラインの復元された台車です。
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この後、三条通りに沿って山科駅まで歩きました。
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今回、雨の影響などで琵琶湖疎水沿いを歩くコースは変更になりました。


前回記事はNiceボタンをクローズしていますが、合わせて見て頂けると嬉しいです。


ご訪問していただきありがとうございました。




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新緑の蹴上ツツジと琵琶湖疏水ウォーク(京都) [ウォーキング京都市]

新緑の蹴上ツツジと琵琶湖疏水ウォークに参加してきました。(20170503)

蹴上のつつじ
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京都蹴上浄水場の一般公開されていたツツジを見学してきました。後半は琵琶湖疏水を歩いてきました。

当日は曇り、25.2℃。アップダウンのあるコースでしたが気持ち良いウォーキングになりました。

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集合場所二条駅近くの公園を出発して、御金神社、堀川遊歩道、京都府庁、京都御所を経由して平安神宮まで歩きます。

二条駅近くの公園
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二条城の南側を通過して御金神社に向かいます。
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御金神社(みかねじんじゃ)
伊邪那岐、伊邪那美、御二柱神の皇子にして、金山毘古命を奉る五元陽交(天の位)の第一位の神で金乃神、金乃類を司り給う神で、神は民家にあって密かに祭祀せられていたが、1883年(明治16)今の名を附して社殿を建立し、がんらい金神様の愛称で親しまれ、氏子と崇敬者で祀られるようになった。鉱山、鉱物の神として人間の営みの中で用いられる全ての金属類、昔は鏡や刀剣類の武具、農耕器具としての鍬等、現在では鉱工業、農産業の大型機械から家庭の道具類や金属類、全てに亘り、特に通貨として用いられる金、銀、銅の御金を護り給う事から、近年は資産運用の神として証券類や不動産、造作、転宅、方位、厄除け、また旅行中の無事安全をも護り給う大神として、広く崇められているそうです。
当日も沢山の人がお参りしていました。
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堀川遊歩道を歩き、京都府庁、京都御所に向かいます。
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京都府庁(きょうとふちょう)
京都府庁旧本館は明治37年(1904)12月20日竣工。昭和46年まで京都府庁の本館として、また、現在も執務室や会議室として使用されており、創建時の姿をとどめる現役の官公庁建物としては日本最古のもの。平成16年(2004年)12月10日に国の重要文化財に指定されたそうです。
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京都御所(きょうとごしょ)
京都御所の中は2016年7月26日から通年で見学できるようになったそうです。
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京都御所で少し休憩になりました。

休憩した後、鴨川河川敷を歩き平安神宮まで歩きます。

鴨川を渡ります。
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平安神宮(へいあんじんぐう)
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平安神宮近くの岡崎公園で昼食休憩になりました。


昼食休憩後は蹴上浄水場、永興寺、琵琶湖疏水を経由して山科駅まで歩きました。


平安神宮を出発します。
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蹴上浄水場(けあげじょうすいじょう)
有名な「蹴上のつつじ」が当日(2017/5/3)から一般公開されていました。
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浄水場のつつじを見学した後、琵琶湖疏水に向けて歩きます。

結構、長い坂道でした。
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琵琶湖疏水に着きました。
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日の岡第11号橋
日本で最初の鉄筋コンクリートの橋だそうです。
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永興寺(ようこうじ)
曹洞宗のお寺。曹洞宗の開祖道元禅師の弟子詮彗和尚が京都市内に1254年に永興庵を結びましたが、比叡山徒の焼き討ちにあい、市内を転々としていたのですが、1919年にこの地に行き着きました。現在の本堂は1984年に新築されたものだそうです。
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さらに琵琶湖疏水を歩きます。
新緑が気持良かったです。
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この後、ゴールのJR山科駅まで歩きました。


ご訪問していただきありがとうございました。




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京都鳥羽と桂川サイクルロードから背割へ(京都) [ウォーキング京都市]

「京都鳥羽と桂川サイクルロードから背割へ」に参加してきました。(20170429)

鳥羽水環境保全センターの藤
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京都の鳥羽水環境保全センターの藤の鑑賞、桂川沿いのサイクルロードを歩いてきました。

当日は曇り一時雨、23.0℃。後半の最後に、急に雨が降り出し道路の高架下で雨宿りをしましたが、前半は素晴らしい藤の花を観賞するなど気持ちの良いウォーキングになりました。

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集合場所JR桂川駅近くの公園を出発して、久世橋、鳥羽水環境保全センターまで歩きます。



JR桂川駅近くの公園
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久世橋を渡ります。
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桂川沿いを歩きます。
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途中で笠井公園で休憩をした後、鳥羽水環境保全センターに向かいます。

鳥羽水環境保全センター
鳥羽水環境保全センターは,京都市最大の規模であり,全国でも有数の処理能力を有する。また,施設の改築更新に合わせて高度処理の導入。毎春(例年4月下旬)に120mの藤棚の回廊とともに施設の一般公開を行っているそうです。

初めて見学しましたが、素晴らしい藤でした。
機会があれば、ゆっくりと見に来たいと思いました。
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外から眺めた景色です。
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もう少しじっくり見たところですが、出発します。


鳥羽離宮跡公園に着きました。
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鳥羽離宮跡公園で昼食になりました。


昼食後、桂川サイクルロードを一念寺、羽束師橋など経由しながら歩きます。

桂川サイクルロードを歩きます。
この辺りでは日が射していました。
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一念寺(いちねんじ)
寺伝によれば、天武3年(674)僧道昭(どうしょう)が創建し、当初、奈良の元興寺に属する法相宗の寺であったが、永享年間(1429~41)に、後亀山天皇の皇子であった真阿(しんあ)上人によって再興され、浄土宗に改められたといわれているそうです。
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羽束師橋を通過します。
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殆ど、最後の天王山大橋近くで急に空模様が変わってきました。
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凄い雨が降ってきたので、暫く天王山大橋の下で雨宿りしました。


天王山大橋の下
雷も鳴り出しました。雷を写そうと思ったのですが、駄目でした。
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雨が上がったので再び歩きます。
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さくらであい館
宇治川・木津川・桂川が合流する三川合流地域に「背割堤」を一望できる展望塔を備えた地域間交流拠点施設「さくらであい館」。2017年3月25日にオープンしたそうです。
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この後、ゴールの京阪八幡市駅まで歩きました。



ご訪問していただきありがとうございました。




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西山のみち(京都) [ウォーキング京都市]

「西山のみち」に参加してきました。(20170416)

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京都の西山の神社仏閣、竹の径などを歩いてきました。

当日は晴れ、最高気温25.9℃。この時期としては少し暑い中のウォーキングでしたが、気持ち良い汗をかいてきました。

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集合場所の嵐山中之島公園を出発して、松尾大社、月読神社、鈴虫寺、勝持寺を経由して大原野神社まで歩きました。

集合場所の嵐山中之島公園です。
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渡月橋が見えます。
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嵐山中之島公園を出発して松尾大社に向かいます。

松尾大社(まつおたいしゃ)
全国の酒造家や醤油、味噌、酢等の関係者から格別な尊崇を受けているそうです。
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月読神社、鈴虫神社へ向かいます。

月読神社(つきよみじんじゃ)
月読神社は松尾大社の摂社。境内には聖徳太子社・御船社・月延石があり、月延石は安産石とも言われ、神功皇后がお腹を撫でて安産された石を月読尊の神託により、舒明天皇が伊岐公乙等を筑紫に遣わして求められ、月読神社に奉納されたという伝説があり、古来より安産を願ってお参りされる人が多い神社だそうです。
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鈴虫寺(すずむしでら)
秋だけでなく四季を通して鈴虫の音色を聞けるそうです。
階段に多くの人が並んでいました。
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田園風景を臨みながら勝持寺に向かいます。

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勝持寺の横にある願徳寺の桜が満開でした。
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勝持寺(しょうじじ)
「花の寺」とも呼ばれ、境内に約100本の桜がある。1140年(保延6)この寺で出家した西行法師が植たといわれ、鐘楼の傍らに銘木「西行桜」がある。開創は白凰時代(672 -686・天武天皇1-15)に役行者、あるいは延暦年間(782ー806)に最澄とする説があるそうです。
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近くの大原野神社に向かいます。

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大原野神社(おおはらのじんじゃ)
桓武帝が長岡京遷都のさい皇后の氏神、奈良の春日明神をここに分祀したのが起こり。850年(嘉祥3)には社殿が造営され、春日造りの丹塗りの壮麗な本殿、猿沢池を模した鯉沢池も造られたそうです。
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大原野神社で昼食休憩を取りました。

昼食休憩後、洛西竹林公園を経由して桂川_イモンモールまで歩きました。

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大蛇ケ池公園を通過します。
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洛西竹林公園に向かいます。
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洛西竹林公園
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洛西竹林公園から見える綺麗な景色。
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洛西竹林公園で水分補強と休憩を取りました。

この後、ゴールの桂川_イモンモールまで歩きました。




過去4回の記事はNiceボタンをクローズしていますが、合わせて見て頂けると嬉しいです


ご訪問していただきありがとうございました。




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七野巡りと梅の北野天満宮(京都) [ウォーキング京都市]

「七野巡りと梅の北野天満宮」に参加してきました。(20170215)

今宮神社
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京都の七野の歴史ある街並みと北野天満宮の梅を見てきました。

当日は晴れ、最高気温10℃。気持ちの良いウォーキングになりました。

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集合場所二条駅近くの公園を出発して太極殿跡、橘公園、檪谷七野神社、今宮神社を経由して今宮公園まで歩きます。

二条駅近くの公園
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公園を出発して太極殿跡に向かいます。

太極殿跡(だいごくでんあと)
大極殿は古代の日本における朝廷の正殿だそうです。
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檪谷七野神社に向かいます。
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檪谷七野神社(いちいだに ななの じんじゃ)
西陣の町並の中に小高く樹木が茂るところが檪谷七野神社です。異説もありますが,紫野・上野・柏野・北野・平野・蓮台野・内野を七野といいました。貞観元年(859)に文徳天皇の皇后明子が安産を祈って春日の神を勧請したところへ,伊勢・石清水・賀茂・平野・松尾・稲荷の6神を加えて七の社(ななのやしろ)としたとか,七野の惣社とかが伝えられているそうです。
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大徳寺を通過して今宮神社につきました。

今宮神社(いまみやじんじゃ)
社格は旧府社。別名「玉の輿(たまのこし)神社」とも言われているそうです。
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今宮神社近くの今宮公園で昼食休憩になりました。
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昼食休憩後、 上品蓮台寺、平野神社、北野天満宮、法輪寺を経由して円町駅まで歩きました。

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上品蓮台寺(じょうぼんれんだいじ)
蓮華金宝山九品三昧院と号する真言宗智山派の寺である。 寺伝によれば、当寺は、聖徳太子の創建と伝え、当初香隆寺(こうりゅうじ)と称したが、天徳4年(960)宇多法皇の勅願により、寛空僧正(かんくうそうじょう)が再建し、寺号を上品蓮台寺と改めたといわれているそうです。
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平野神社、北野天満宮に向かいます。

平野神社(ひらのじんじゃ)
794年(延暦13)平安遷都の際、この地に遷座。朝廷も崇敬され、たびたび行幸。のち源氏、平家の氏神。現在の社殿は寛永年間(1624-44)の造営で平野造とよばれ本殿は重文。伊勢神宮、松尾大社などとならぶ格式ある名社だそうです。
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北野天満宮(きたのてんまんぐう)
「北野の天神さん」と親しまれている北野天満宮は、天暦元年(947)に創建され、平安時代に学者・政治家として活躍した菅原道真公をお祀りする全国に約一万社御鎮座する天神社・天満宮の宗祀(総本社)の神社であるそうです。
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梅は3分咲き程度でしたが、ほのかに梅の香りが漂っていました。
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少し休憩をした後法輪寺に向かいます。

法輪寺(ほうりんじ)
享保12年(1727)大愚和尚を開山とし、開基荒木宗禎に帰依を受けた万海和尚が創立した。十六羅漢木像、徳川時代の鋳匠藤原国次作の妙音の弁天鐘、珍しい等身の金箔大寝釈迦木像や、白隠禅師の夜船閑話で知られた白幽子の旧墓石がある。 三国一を称する起上り達磨をはじめ、諸願成就に奉納された達磨およそ八千余をまつる達磨堂は特に有名で、節分は参詣者でにぎわうそうです。
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立派なだるまが沢山ありました。
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この後、ゴールの円町駅まで歩きました。


ご訪問していただきありがとうございました。






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京都初詣ウォーク(京都) [ウォーキング京都市]

京都初詣ウォークに参加してきました。(20170104)

鴨川河川敷
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今年初めてのウォーキング参加になります。

当日は晴れのち曇り、最高気温12℃、歩くにはちょうど良い気候。お陰さまで気持ちの良いウォーキングになりました。

今年も冬の京都の有名な平安神宮、清水寺、伏見稲荷大社などにお参りしてきました。

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集合場所のJR京都駅を出発して、すぐ近くの東本願寺を経由して佛光寺まで歩きます。

集合場所のJR京都駅の前にある京都タワーです。
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京都駅に展示されていた生け花
(ジャパンスピリッツ in 京都 華の競演)
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東本願寺(ひがしほんがんじ)
東本願寺は浄土真宗「真宗大谷派」の本山。正式名称は「真宗本廟」だそうです。
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佛光寺(ぶっこうじ)
佛光寺は真宗佛光寺派の本山。京都渋谷に寺基があった頃(1300年代後半 - 1400年代前半)は、同じ浄土真宗の本願寺をしのぐ勢力があったそうです。
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佛光寺で休憩になりました。

休憩後は鴨川河川敷を歩いて沿って平安神宮まで歩いていきます。

冒頭の写真のところです

四条の南座
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平安神宮(へいあんじんぐう)
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平安神宮の前の広場で昼食休憩になりました。


昼食休憩後は自由歩行になりました。

南に向かって、知恩院、八坂神社、清水寺、東福寺などを経由して伏見稲荷大社まで歩きました。

知恩院(ちおんいん)
知恩院浄土宗総本山の寺院。山号は華頂山。本尊は法然上人像(本堂)および阿弥陀如来(阿弥陀堂)、開基(創立者)は法然。浄土宗の宗祖・法然が後半生を過ごし、没したゆかりの地に建てられた寺院で、現在のような大規模な伽藍が建立されたのは江戸時代以降。徳川将軍家から庶民まで広く信仰を集め、今も京都の人々からは親しみを込めて「ちよいんさん」「ちおいんさん」と呼ばれているそうです。
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八坂神社(やさかじんじゃ)
八坂神社は全国にある八坂神社や素戔嗚尊を祭神とする関連神社(約2,300社)の総本社。通称として祇園さんとも呼ばれるそうです。
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二年坂、産年坂
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陶芸教室が開かれていました
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清水寺(きよみずでら)
清水寺は山号を音羽山。本尊は千手観音、開基(創立者)は延鎮。もとは法相宗に属したが、現在は独立して北法相宗大本山を名乗る。西国三十三所観音霊場の第16番札所だそうです。
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妙法院門跡(みょうほういんもんせき)
妙法院は天台宗の寺院、山号を南叡山。本尊は普賢菩薩、開基は最澄。皇族・貴族の子弟が歴代住持となる別格の寺院を指して「門跡」と称するが、妙法院は青蓮院、三千院(梶井門跡)とともに「天台三門跡」と並び称されてきた名門寺院。また、後白河法皇や豊臣秀吉ゆかりの寺院としても知られる。近世には方広寺(大仏)や蓮華王院(三十三間堂)を管理下に置き、三十三間堂は近代以降も引き続き妙法院所管の仏堂となっているそうです。
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智積院(ちしゃくいん)
真言宗智山派総本山。末寺約3000。南北朝のころ創建された紀州根来山の学頭寺院が起こり。1585年(天正13)兵火に遭い、難を京都に避けた。大坂城落城後、豊臣秀吉の愛児鶴松の菩提を弔うために建立した祥雲禅寺の寺領を徳川家康が寄進し、五百佛山根来寺智積院と改め、仏教研学の道場として栄えた。明治に焼けた金堂は1975年(昭和50)に復興。江戸初期を代表する池泉廻遊式庭園は、中国の廬山を形どったといわれ、収蔵庫には、長谷川等伯一派による桜・楓図(国宝)など極彩色の障壁画を展示しているそうです。
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東福寺(とうふくじ)
創建は鎌倉時代。摂政関白・藤原(九條)道家が、南都東大寺と興福寺から「東」と「福」の二字をとり、九條家の菩提寺として造営。仏殿には高さ15mの大仏立像を安置。京の「新大仏寺」として1236年より19年をかけて、都最大の伽藍を完成させたものだそうです。
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伏見稲荷大社(ふしみいなりたいしゃ)
伏見稲荷大社は式内社(名神大社)、二十二社(上七社)の一社。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁に属さない単立神社。稲荷山の麓に本殿があり、稲荷山全体を神域とする。全国に約3万社あるといわれる稲荷神社の総本社。初詣では近畿地方の社寺で最多の参拝者を集める(日本国内第4位〔2010年〕)。
外国人に人気の観光スポット3年連続第一位だそうです。
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有名な千本鳥居
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この後、JR稲荷駅まで歩きました。

途中、伏見稲荷大社の参道にはウズラの焼き鳥のいい匂いが漂っていました。
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ご訪問していただきありがとうございました。




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京の七口シリーズ①五条口(京都) [ウォーキング京都市]

「京の七口シリーズ①五条口」に参加してきました。(20161225)


昨年参加したウォーキングの記事になります。


伏見桃山城
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京都の五条口から伏水街道の橋跡、伏見稲荷大社、藤森神社、伏見桃山城など歴史ある街並みを訪れてきました。

当日は晴れ、気温12度、気持良いウォーキングになりました。

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京の七口(きょうのななくち)
京の七口は室町時代から江戸時代にかけて、京都と諸国を結ぶために設けられた主要な街道の出入り口の総称。出入口の数や場所は時代によって変化し定まっていないそうです。
代表的な出入口は鞍馬口、大原口、荒神口、粟田口(三条口)、伏見口(五条口)、竹田口、鳥羽口、丹波口、長坂口(清蔵口)になるそうです。其々の口には御土居の出入口が設けられているそうです。

御土居(おどい)
御土居は天下統一を成し遂げた豊臣秀吉が,長い戦乱で荒れ果てた京都の都市 改造の一環として外敵の来襲に備える防塁と,鴨川の氾濫から市街を守る堤防として, 天正19年(1591)に多くの経費と労力を費やして築いた土塁だそうです。

五条口(ごじょうぐち)
五条口(伏見口)は京の七口のひとつ。五条大橋の西詰辺りに御土居があったそうです。


伏見街道(ふしみかいどう)
京(京都)の五条と伏見とを結ぶ街道。豊臣秀吉が開いたともいわれるそうです。




集合場所JR京都駅を出発して五条口、伏水街道、伏見稲荷大社を経由して藤の森広場まで歩きます。

集合場所のJR京都駅を出発します。

京都タワー
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東本願寺の南側を歩きます。
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五条口の御土井があった五条公園で休憩になりました。

五条公園の横の五条大橋大橋から見た鴨川の眺めです。
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豊国神社
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京都国立博物館
正面
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平成知新館(へいせいちしんかん)
2014年9月13日(土)開館。設計は、ニューヨーク近代美術館 新館、東京国立博物館 法隆寺宝物館、豊田市美術館などを手がけた世界的建築家、谷口吉生氏だそうです。写真は入り口付近です。
機会があれば展示会などを見に行きたいと思っています。
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三十三間堂(さんじゅうさんげんどう)
南北に120メートル。内陣の柱と柱の間数が33あり、木造建築では世界でも類稀な長さ。1164年(長寛2)後白河上皇が発願し、平清盛が寄進して創建。堂内には、中尊千手観音坐像(国宝)を中心に千体の千手観音立像、観音二十八部衆像が並ぶそうです。「通し矢」で有名です。
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伏見街道に残る第一橋跡です。
当時は「伏見」ではなく「伏水」となっていたようです。
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瀧尾神社(たきおじんじゃ)
創建年代は不詳。「源平盛衰記」にその名が見える。天正14(1586)年10月に豊臣秀吉が方広寺大仏殿を建立したのに伴い、現在地に遷座。現在の本殿、拝殿、手水舎、絵馬舎は、下村家(現在の大丸百貨店)の手により、は江戸後期の天保10(1839)年〜11年にかけて造立されたそうです。
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伏見街道に残る第二橋跡です。
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伏見街道に残る第三橋跡です。
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伏見街道を歩きます。
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伏見稲荷大社につきました。

伏見稲荷大社(ふしみいなりたいしゃ)
伏見稲荷大社は式内社(名神大社)、二十二社(上七社)の一社。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁に属さない単立神社。稲荷山の麓に本殿があり、稲荷山全体を神域とする。全国に約3万社あるといわれる稲荷神社の総本社。初詣では近畿地方の社寺で最多の参拝者を集める(日本国内第4位〔2010年〕)そうです。
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3年連続で外国人に人気の観光スポット第一になったそうです。
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JR最古のランプ小屋
1879年(明治12)の旧東海道線開通当時、汽車が照明用に使ったランプと灯油の小屋。旧国鉄最古の建物で、準鉄道記念物。約8平方メートルあり、当時の時刻表、運賃表、汽車の尾灯などを展示されているそうです。
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藤の森広場に向かいます。
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藤の森広場で昼食休憩になりました。
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昼食休憩後は藤森神社、伏見桃山城、桃山善光寺を経由してJR桃山駅まで歩きます。

伏見街道に残る第四橋跡です。
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藤森神社(ふじのもりじんじゃ)
藤森神社は平安遷都以前から祀られている古い社、駈馬、紫陽花でも有名だそうです。
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伏見桃山城(ふしみももやまじょう)
伏見桃山城は天正20年(1592)豊臣秀吉が隠居所として築城し、徳川家康が再興した城。しかし、二条城の修築によって存在意義が薄れたこともあり、元和9年(1623)廃城となり、天守や櫓などは全国の城へ分与されたそうです。
跡地に、昭和39年に伏見桃山城キャッスルランドが開園した際、天守閣が作られたが、歴史上の伏見城とは全く別のものだそうです。
天守閣は冒頭の写真です
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桃山善光寺(ももやまぜんこうじ)
桃山善光寺は京都府立桃山高校の南にある天台宗の寺院。桃山善光寺の本堂は醍醐寺の塔頭の建物を移築したそうです。
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今回記事はNiceボタンをクローズさせていただきました。


ご訪問していただきありがとうございました。




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京の花街巡り(京都) [ウォーキング京都市]

「京の花街巡り」に参加してきました。(20161204)

先斗町歌舞練場
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京都の花街、神社仏閣などを訪れてきました。

当日は曇り、気温は16度と気持ちウォーキングになりました。

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京の花街(きょうのはなまち)
京には上七軒、祇園甲部、祇園東、嶋原、先斗町、および宮川町の6つの花街があり、これらを総称して京都の六花街と呼ぶ。また、嶋原以外の京都花街組合連合会に加盟する5地区を総称して五花街と呼ぶこともある。2014年3月、京都市は「京都をつなぐ無形文化遺産」に「京・花街の文化」(「五花街」と「島原」の文化)を選定したそうです。

歌舞練場(かぶれんじょう)
京都府京都市の祇園、先斗町や上七軒の花街にある劇場であるが、同時に芸妓・舞妓のための歌や舞踊、楽器等の練習場でもあるそうです。



集合場所JR京都駅を出発して、渉成園、五条楽園歌舞練場、宮川町歌舞練場、建仁寺、祇園甲部歌舞練場、辰巳大明神、先斗町歌舞練場を経由して京都御所まで歩きます。

JR京都駅前の京都タワーです。
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渉成園(しょうせいえん)
京都府京都市下京区にある真宗大谷派の本山・真宗本廟(東本願寺)の飛地境内地。東本願寺の東方約150mに位置し、ほぼ200m四方の正方形。面積3.4ヘクタール。名称は、中国六朝時代の詩人陶淵明の「園日渉而成趣」の詞にちなむ。また、周囲に枳殻(カラタチ)が植えてあったことから、「枳殻邸」(きこくてい)とも通称される。昭和11年(1936年)12月、国の名勝に指定されているそうです。
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北側には大きな銀杏の木がありました。
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五条楽園歌舞練場(ごじょうらくえんかぶれんじょう)
旧遊廓、赤線である五條楽園にある歌舞練場。五条楽園歌舞練場を中心に、一般民家に混ざってお茶屋15軒、置屋4軒が残っている。大正から昭和初期に建築された、独特な唐破風屋根が映える京町家も現存しているそうです。
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五条大橋から見た鴨川
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宮川町歌舞練場(みやがわちょうかぶれんじょう)
舞妓、芸妓による舞踊公演の会場。「京おどり」では、毎年4月に宮川町歌舞会の舞妓、芸妓による舞踊公演が行われる。また「みずゑ會」では、毎年10月に4日間、舞妓、芸妓による舞踊公演が行われるそうです。
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建仁寺(けんにんじ)
臨済宗建仁寺派の大本山。1202年(建仁2)栄西禅師が建立した京都最初の禅寺。1586年(天正14)ごろ、安国寺恵瓊により再興され、五山第3位の格式を持った。勅使門(重文)は、銅板葺、切妻造りの四脚門で、扉に矢痕があるところから矢の根門とも呼ばれる。方丈(重文)は、柿葺、単層入母屋造で、1599年(慶長4年)に安芸の安国寺から移築した。白砂を敷きつめた枯山水庭園があり、俵屋宗達作の風神雷神図(国宝)は有名だそうです。
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祇園甲部歌舞練場(ぎおんこうぶかぶれんじょう)
1872年(明治5年)に初演された都をどりの専用劇場として開設され、初代は1873年(明治6年)、建仁寺頭塔清住院を改装し、をどりのほか温習会等の行事に使用された。 1913年(大正2年)、現在地に移転し純和風建築の劇場を竣工。1953年(昭和28年)、大改装に実施、2001年(平成13年)、京都府有形文化財に登録され現在に至る。2016年10月7日から耐震調査などのために一時休館。再開館は数年後になる見込みだそうです。
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辰巳大明神(たつみだいみょうじん)
もともとは辰巳の方角を守る神社であったと考えられ、今では祇園の芸舞妓さんからの信仰を集める伎芸上達にご利益のある小社となっているそうです。
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前撮りでしょうか、美しいですね。
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先斗町歌舞練場(ぽんとちょうかぶれんじょう)
大阪松竹座や東京劇場などを手がけ、劇場建築の名手といわれた大林組の技師・木村得三郎氏により、昭和2年(1927年)に創設された歌舞練場。先斗町歌舞会主催の「鴨川をどり」「水明会」のほか、日本舞踊、邦楽の発表会やお稽古場、展示会の会場として使用されている。毎年5月1日~24日に開催される「鴨川をどり」は1872年より続く京の年中行事で、先斗町の芸妓、舞妓による舞踊公演だそうです。
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鴨川河川敷を歩きます。
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京都御所(きょうとごしょ)
京都御苑の中央北部にある。東西約250m、南北約450mの築地塀と清流の溝に囲まれた広い域内の建物で、現在のものは江戸末期の1855年(安政2)に再建したもので、一部は平安朝の古制を模している。御所は東西南北に6門と歴代天皇が即位した紫宸殿。また、北側に皇后宮常御殿などがあり、小御所前には大きな池を配した優雅な庭園があるそうです。
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京都御所で昼食休憩になりました。

休憩後、上七軒歌舞練場、北野天満宮、平野神社、法輪寺を経由してJR円町駅まで歩きました。

綺麗な京都御所の紅葉の中を歩きます。
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堀川遊歩道
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上七軒歌舞練場(かみひちけんかぶれんじょう)
上七軒は、京都市上京区真盛町から社家長屋町に位置する花街。室町時代に北野天満宮の再建の際に残った資材を使って7軒の茶店を建てた。これが「上七軒」の由来で、桃山時代に豊臣秀吉が北野で大茶会を開いた折に茶店側は団子を献上したところ大いに誉められて以来、また西陣の結びつきで花街としての繁栄を極める。毎年春になると上七軒歌舞練場で『北野をどり』が上演されて少数ながらにして良い技芸を磨き披露しているそうです。
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北野天満宮(きたのてんまんぐう)
「北野の天神さん」と親しまれている北野天満宮は、天暦元年(947)に創建され、平安時代に学者・政治家として活躍した菅原道真公をお祀りする全国に約一万社御鎮座する天神社・天満宮の宗祀(総本社)の神社であるそうです。
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平野神社(ひらのじんじゃ)
794年(延暦13)平安遷都の際、この地に遷座。朝廷も崇敬され、たびたび行幸。のち源氏、平家の氏神。現在の社殿は寛永年間(1624-44)の造営で平野造とよばれ本殿は重文。伊勢神宮、松尾大社などとならぶ格式ある名社だそうです。
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法輪寺〜達磨寺〜(ほうりんじ〜だるまでら〜)
享保12年(1727)大愚和尚を開山とし、開基荒木宗禎に帰依を受けた万海和尚が創立した。十六羅漢木像、徳川時代の鋳匠藤原国次作の妙音の弁天鐘、珍しい等身の金箔大寝釈迦木像や、白隠禅師の夜船閑話で知られた白幽子の旧墓石がある。  三国一を称する起上り達磨をはじめ、諸願成就に奉納された達磨およそ八千余をまつる達磨堂は特に有名で、節分は参詣者でにぎわうそうです。
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この後、JR円町駅まで歩きました。


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ご訪問していただきありがとうございました。



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嵐山_嵯峨野紅葉ウォーク(京都) [ウォーキング京都市]

「嵐山・嵯峨野紅葉ウォーク」に参加してきました。(20161123)

天龍寺境内の紅葉
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秋色の中の京都嵐山、嵯峨野の神社仏閣などなどを訪れてきました。

当日は晴れ、気温は15度と気持ちウォーキングになりました。

今回、3日前に歩いた嵯峨、御室八十八カ所巡りと良く似たコースでしたが、初めて広沢池近くの岡田茂吉記念館を訪問出来ました。


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集合場所JR花園駅を出発して法金剛院、雙ヶ岡、文徳天皇陵、岡田茂吉記念館を経由して平安郷まで歩きます。

集合場所のJR花園駅を出発します。
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法金剛院(ほうこんごういん)
平安時代の初め、右大臣清原夏野の山荘を没後寺とした。1130年(大治5)待賢門院の御願により当院を建立。
円覚上人によって再興。丈六の本尊阿弥陀如来坐像(重文)は定朝様、平安時代後期の代表的な仏像。庭園(特別名勝)は平安末期の池泉回遊式浄土庭園。関西花の寺第十三番だそうです。
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雙ヶ岡(ならびがおか)
雙ヶ岡は標高116m。京都盆地における卓越した展望地点として昭和16年に国の名勝に指定されているそうです。
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文徳天皇陵(もんとくてんのうりょう)
文徳天皇は天安2年(858)に冷然院において崩じ、真原(さねはら)岡の地に葬られ、陵の所在についてはいくつか説があったそうです。最有力の候補とされてきたのは天皇ノ杜古墳(京都市西京区御陵塚ノ越町)。幕末の谷森善臣の推定により、御廟山と呼ばれていた丘上の茶臼山という塚が比定、京都市右京区太秦三尾町に所在する現陵(径約32m、高さ約6mの円墳)だそうです。
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広沢池に向かう途中、紅葉が綺麗でした。
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岡田茂吉記念館(おかだもきちきねんかん)
岡田茂吉記念館は平安郷整備の一環として平成27年4月に竣工。この記念館では、平安郷庭園の四季の情景などが紹介されているそうです。
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平安郷(へいあんきょう)
平安郷のある地域は京都・嵯峨野の中でも特に平安時代の面影を残し、歴史的風土保存特別地区に指定されて美観や歴史的風情が保たれているそうです。平安郷は広々とした庭に2本の小川が配され、梅、桜、楓など季節を彩る花木や約100種類もの山野草が植えられていて、さらに庭の奥には、閑静な竹林(約3千坪)や嵯峨野を一望できるスポットもあり四季折々の美しさを満喫できるそうです。
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平安郷で昼食休憩になりました。


昼食休憩後、遍照寺、兒(ちご)神社、千代の古道、大覚寺、二尊院、嵐山公園展望台、天龍寺を経由してJR嵯峨嵐山駅まで歩きました


広沢池
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遍照寺(へんじょうじ)
989年(平安時代中期)宇多天皇の孫,寛朝僧正が広沢池畔の山荘を改めて寺院にしたもの。嵯峨富士と云われる端麗な遍照寺山を映す広沢池には金色の観世音菩薩を祀る観音島があった。池畔に多宝塔、釣殿等、数々の壮大な伽藍を有する寺院であった。しかし寛朝僧正没後次第に衰微し,鎌倉時代,後宇多天皇により復興されたが後,応仁の乱で廃墟と化した。奇跡的に難を逃れた赤不動明王像と十一面観音像は、いずれも創建当時の作で定朝の父、康尚の作と云われ,現在国指定の重要文化財。赤不動明王は”広沢の赤不動さん”と地元の人に親しまれ,交通安全や厄除けの御祈祷に訪れる人が多いそうです.
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兒神社(ちごじんじゃ)
広沢池西畔の児神社。祭神は遍照寺を建立した真言宗の寛朝を祀るそうです。
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この後、千代の古道を経由して大覚寺、二尊院、嵐山公園展望台、天龍寺を巡ります。

千代の古道
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大覚寺(だいかくじ)
嵯嵯峨山と号する真言宗大覚寺派の大本山。当山は嵯峨天皇の離宮嵯峨院の一部で、天皇崩御の後の貞観18年(876)に寺に改められ、大覚寺と名付けられた。その後一時荒廃したが、徳治2年(1307)に後宇多天皇が入寺し、寺を復興するとともに大覚寺統を形成した。以後、持明院統と皇位継承について争い、明徳3年(1392)当寺で南北両朝の媾和が成立した。宸殿は、後水尾天皇の中宮東福門院の旧殿を移築したもので、内部は、狩野山楽筆の「牡丹図」、「紅白梅図」などの豪華な襖絵で飾られている。その外、御影堂(みえどう)、霊明殿(れいめいでん)、五大堂、安井堂、正寝殿(しょうしんでん)、庫裏などの堂宇が建ち並び、旧御所の絢爛さを今に伝えているそうです。
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二尊院(にそんいん)
本尊に釈迦・阿弥陀の二如来(重文)をまつり、正しくは二尊教院華台寺。天台宗。承和年間(834-48)慈覚大師円仁が開基。応仁・文明の乱のあと法然の弟子湛空が再興。総門は伏見城の遺構と伝える薬医門。広い参道は「紅葉の馬場」と呼ばれるそうです。
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嵐山の有名な竹林を通過します。観光客がいっぱいでした。
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嵐山公園展望台
眼下に保津川が流れていて、綺麗な景色でした。
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保津川
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宝厳院(ほうごんいん)
臨済宗・天龍寺塔頭。寛正2年(1461年)聖仲永光禅師を開山に迎え創建。もとは上京区禅昌院町にあり、細川頼之の昭堂を寺としたという。応仁の乱の兵火に会うなどしたが、豊臣秀吉の恩顧によって再建。昭和47年より天龍寺塔頭弘源寺の境内にあったが、平成14年1月に現在地に移り再興した。「都林泉名勝図会」にも掲載された、嵐山を借景とする回遊式庭園「獅子吼の庭」は紅葉と巨岩を配した庭園である。本堂障壁画「風河燦燦三三自在」(田村能里子画伯筆)がある。特別公開時のみ。平成15年に、庭園内に大正時代に建てられた茶室が修復を終え、「青嶂軒(せいしょうけん)」と名付けられ、茶会会場としても利用されるようになったそうです。
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天龍寺(てんりゅうじ)
臨済宗天龍寺派の大本山。足利尊氏が後醍醐天皇の霊を慰めるため、1339年(暦応2)夢窓国師を開山として創建。室町時代には京都五山の第一位を占めた。創建以来八度にわたる大火で創建当時の壮大な面影はとどめていない。現在の諸堂は明治になって再建された。方丈には藤原時代の釈迦如来坐像を安置。多宝殿は吉野朝の紫宸殿を模して建てた。当時の原型を残す曹源池庭園は亀山や嵐山を借景にした池泉廻遊式で、夢窓国師の作庭といわれる。日本で最初に史跡・特別名勝に指定され1994年(平成6)12月には「古都京都の文化財」として、「世界遺産条約」に基づく世界文化遺産に登録されたそうです。
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この後、ゴールのJR嵯峨嵐山駅、そして、阪急嵐山駅まで歩きました。

嵐山渡月橋の北側は観光客でいっぱいでした。
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以下は当日朝の阪急嵐山駅から集合場所のJR嵯峨嵐山駅へ向かう途中の景色です。

天龍寺
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渡月橋
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今回の記事はNiceボタンをクローズさせて頂きました。


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嵯峨、御室八十八カ所巡り(京都) [ウォーキング京都市]

「嵯峨、御室八十八カ所巡り」に参加してきました。(20161120)

仁和寺
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秋色の中の京都嵯峨、御室八十八カ所などを訪れてきました。

当日は曇り、気温は21度と気持ちウォーキングになりました。

御室八十八カ所は初めてでしたが、小高い山の上り下りは結構疲れました。
ブログの最後に記載しました。

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集合場所JR二条駅近くの公園を出発して二条公園、妙心寺前、雙ヶ岡を経由して仁和寺まで歩きます。

集合場所のJR二条駅近くの公園を出発します。
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二条公園
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妙心寺前を通過します。
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JR花園駅前を通過して雙ヶ岡で休憩になりました。

雙ヶ岡(ならびがおか)
雙ヶ岡は標高116m。京都盆地における卓越した展望地点として昭和16年に国の名勝に指定されているそうです。
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仁和寺(にんなじ)
真言宗御室派総本山。仁和2年(886年)光孝天皇が仏教の隆盛を図るため、「西山御願寺」の建立を発願され、宇多天皇が仁和4年(888年)年その造営を完成。ユネスコの世界文化遺産に登録。江戸時代の儒学者貝原益軒の「京城勝覧」という京都の名所の案内書にも、吉野の桜に比べて勝るとも劣らないと絶賛され、大正13年に国の名勝にも指定されたそうです。
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仁和寺で昼食休憩になりました。

昼食休憩後に御室八十八カ所を巡りました。記事はブログの最後に記載しました。
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御室八十八カ所を巡った後、再び、仁和寺で休憩になりました。

この後、遍照寺、兒(ちご)神社、大覚寺、清涼寺、落柿舎、野の宮神社を経由してJR嵯峨嵐山駅まで歩きました。

仁和寺を再び出発します。
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京福電鉄の線路に紅葉がかかっていました。
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遍照寺(へんじょうじ)
989年(平安時代中期)宇多天皇の孫,寛朝僧正が広沢池畔の山荘を改めて寺院にしたものである。嵯峨富士と云われる端麗な遍照寺山を映す広沢池には金色の観世音菩薩を祀る観音島があった。池畔に多宝塔、釣殿等、数々の壮大な伽藍を有する寺院であった。しかし寛朝僧正没後次第に衰微し,鎌倉時代,後宇多天皇により復興されたが後,応仁の乱で廃墟と化した。奇跡的に難を逃れた赤不動明王像と十一面観音像は、いずれも創建当時の作で定朝の父、康尚の作と云われ,現在国の重要文化財に指定されているそうです。
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広沢池
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兒神社(ちごじんじゃ)
広沢池西畔の児神社。祭神は遍照寺を建立した真言宗の寛朝を祀るそうです。
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この後、千代の古道を経由して大覚寺、清涼寺、落柿舎、野の宮神社を巡ります。

千代の古道
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大覚寺(だいかくじ)
嵯嵯峨山と号する真言宗大覚寺派の大本山。当山は嵯峨天皇の離宮嵯峨院の一部で、天皇崩御の後の貞観18年(876)に寺に改められ、大覚寺と名付けられた。その後一時荒廃したが、徳治2年(1307)に後宇多天皇が入寺し、寺を復興するとともに大覚寺統を形成した。以後、持明院統と皇位継承について争い、明徳3年(1392)当寺で南北両朝の媾和が成立した。宸殿は、後水尾天皇の中宮東福門院の旧殿を移築したもので、内部は、狩野山楽筆の「牡丹図」、「紅白梅図」などの豪華な襖絵で飾られている。その外、御影堂(みえどう)、霊明殿(れいめいでん)、五大堂、安井堂、正寝殿(しょうしんでん)、庫裏などの堂宇が建ち並び、旧御所の絢爛さを今に伝えているそうです。
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清涼寺(せいりょうじ)
建立:895(寛平7)年頃。嵯峨の釈迦堂で知られる浄土宗の古刹。987年(寛和3)然(ちょうねん)が中国から帰国し、大清凉寺の建立を計画。没後、弟子の盛算が棲霞寺に、師が宋より請来の釈迦如来立像を安置した。体内に内臓を形どった納入物があり、生身如来といわれているそうです。
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落柿舎(らくししゃ)
松尾芭蕉門下の向井去来(蕉門十哲の一人)が庵を結んだ事が始まり。商人が柿を買う約束をしていたが一夜にして柿が落ちてしまった故事が落柿舎の名の由来と言われている。松尾芭蕉も直接訪れた落柿舎は、向井去来死後衰退し正確な場所が不明になり、1770(明和7)年、現在の地に再興されたそうです。
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竹林の中を散策できるようになっていました。
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野の宮神社(ののみやじんじゃ)
京都・嵯峨野の竹林の中にある野宮神社。ここは伊勢神宮にお仕えする皇女が身を清めた神聖な場所であり、源氏物語の「賢木(さかき)の巻」の中で、その様子が美しく描写されていることでも有名だそうです。また、良縁結びや子宝安産の神様がまつってあることから、1年中多くの女性で賑っているそうです。
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この後、JR嵯峨嵐山駅まで歩きました。
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以下は仁和寺の御室八十八カ所巡りの様子です。

御室八十八カ所(おむろはちじゅうはちかしょ)
仁和寺の北裏、成就山一帯にある霊場めぐり。1827年(文政10)、仁和寺29世門跡済仁が、寺侍に命じて
四国八十八カ所霊場の砂を持ち帰らせ開いたそうです。お堂や巡拝路が整備され京都の市街地も一望できました。
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最初は阿波の国を歩きます。
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一番札所
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この後、成就山の頂上付近まで登りになります。
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途中の休憩場所、見晴らしが良かったです。
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紅葉の中を歩きます。
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ここから伊予の国に入ります。
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成就山頂上付近です。236mあるそうです。
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京都市内が見渡せました。
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この辺りからは下りになります。
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ここから讃岐の国に入ります。
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八十八か所の最後のお堂です。
直ぐに復活したのですが、ここだけ急にカメラが動かなくなりました。
以下の写真(1枚)はネットから引用させて頂きました。
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御室八十八カ所巡りは約2時間あれば十分参拝出来る手頃なコース、通年いつでもご自由に参拝できるそうです。

また、仁和寺では、この御室八十八ヶ所霊場で「八十八ヶ所ウォーク」(スタンプ帳及びスタンプを頂ける)というイベントを年に数回開催しているそうです。
http://www.ninnaji.or.jp/hallowed_ground.html#walk

機会があれば、参加してみたいと思いました。



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祇園祭前祭鉾町屏風巡り(京都) [ウォーキング京都市]

「祇園祭前祭鉾町屏風巡り」に参加してきました。(20160713)

山鉾
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動く美術館「山鉾巡行」に対して静の美術館ともいわれる「屏風祭」は祇園祭の宵山期間に行われる催しの一つ。各山鉾町個人のお家の表の格子を外して、秘蔵の屏風や美術品、調度品などを飾り、通りから鑑賞できるようにしているところを歩いてきました。

当日は雨、曇り、少し暑かったですが気持ち良いウォーキングになりました。

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集合場所JR二条駅を出発して堀川遊歩道、護王神社を経由して京都御所まで歩きます。

JR二条駅
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二条城
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堀川遊歩道
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護王神社(ごおうじんじゃ)
京都御所の西側烏丸通り沿いに鎮座する神社。平安京建都に貢献された和気清麻呂公(わけのきよまろこう)をお祀りしています。確かな創建年は伝えられていませんが、洛西の高雄山神護寺の境内に和気公の霊社として祀られ、嘉永14年(1851)、孝明天皇により「正一位護王大明神」の神階神号を授けられ、明治19年(1886)、明治天皇の勅命により京都御所蛤御門前の現在地に遷座されました。三百頭もの猪が和気公を災難から救ったという故事により、境内には霊猪像(狛いのしし)をはじめ、数多くのイノシシにまつわる物が奉納され、いのししの神社として親しまれているそうです。
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京都御所(きょうとごしょ)
京都御所は鎌倉時代中期から明治時代初頭まで歴代天皇が住んでいた宮殿だそうです。
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京都御所で昼食休憩になりました

昼食休憩後はいよいよ本日のお楽しみのところを歩きます。

堺町通、室町通、綾西公園、西本願寺を経由してJR京都駅まで歩きました。

堺町通、室町通の鉾、屏風
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西本願寺
西本願寺は浄土真宗「本願寺派」の本山。正式名称は「龍谷山 本願寺」だそうです。
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京都タワー
京都タワーは京都駅直結で京都駅のシンボル。その独特の形は灯台をイメージしたもので、タワーの展望台からは京都の景観を360度眺めることができるそうです。
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京都駅に飾ってあった山鉾
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宅配業者の車
京都の街並みにピッタリですね。
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前回記事はNiceボタンをクローズしていますが、合わせてみて頂けると嬉しいです。


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東寺から城南宮ウォーク(京都) [ウォーキング京都市]

「東寺から城南宮ウォーク」に参加してきました。(20160612)

東寺
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京の洛南、空海ゆかりの古刹・東寺から桂川沿いを歩き、鳥羽伏見の戦場跡の鳥羽離宮跡へ。後半は城南宮から藤森神社、伏見大社、東寺などの名所旧跡を巡ってきました。

当日は曇りの中の気持ち良いウォーキングになりました。

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集合場所JR京都駅を出発して、東寺、西寺跡、吉祥院天満宮、吉祥院運動公園を経由して鳥羽離宮跡まで歩きます。

京都タワー
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京都駅の南側に下り、東寺通りを歩きます。
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伏見稲荷大社御旅所
東寺の近くにある伏見稲荷大社御旅所。昔は御旅所も2箇所あったそうですが、秀吉公の命により1つに合祀、場所も移されて現在に至るそうです。
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東寺
東寺は京都市南区九条町にある仏教寺院。真言宗の根本道場であり東寺 真言宗の総本山だそうです。
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東寺で暫く休憩後、西寺跡に向かいます。

西寺跡
南区唐橋西寺町付近にあった寺。794年平安京造営の際、羅城門の西に創建。東寺とともに二大官寺の一つ。寺域は200メートル四方を占め、伽藍の規模は東寺と同じ。990年の大火など火災が相次ぎ焼滅したそうです。
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吉祥院天満宮
祭神として菅原道真を祀り、洛陽天満宮25社の一つに数えられている。社伝によれば、道真の祖父清公(きよきみ)が、邸内に一宇を建立し、吉祥院と名付けて菅原家の氏寺としたのが、当社の起りで、承平4年(934)朱雀天皇が、自ら道真の像を刻み、この地に社殿を築き道真の霊を祀ったことから吉祥院天満宮と呼ばれるようになったと伝えられているそうです。
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吉祥院運動公園で休憩をした後、桂川沿いを経由して鳥羽離宮跡まで歩きます。

桂川河川敷
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鳥羽離宮跡で昼食休憩になりました。
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昼食休憩後、城南宮、藤森神社、伏見稲荷大社、東福寺を経由してJR京都駅まで歩きました。

城南宮
城南宮は794年の平安京遷都に際し、国常立尊(くにのとこたちのみこと)と八千矛神(やちほこのかみ)と神功皇后(じんぐうこうごう)を祀り、以来都の南方に鎮まり国を守護する城南宮と仰がれているそうです。
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藤森神社
藤森神社は平安遷都以前から祀られている古い社、駈馬、紫陽花でも有名だそうです。
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当日も紫陽花が綺麗に咲いていました。
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藤森神社から北に向けて歩きます。

ぬりこべ地蔵
ぬりこべ地蔵は京都では歯痛にご利益があるとして有名。歯の健康を祈るハガキが全国から寄せられている。本来は、摂取院の塗り壁の立派なお堂にあった事から「塗り壁地蔵」と呼ばれていたが、これがなまって「ぬりこべ地蔵」になったそうです。
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伏見稲荷大社
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有名な千本鳥居
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産場稲荷
昔、伏見稲荷大社の神様の使いである狐が、子を産み、育てていたところ。こんもりとした台地に12ヶ所の狐穴があり、この狐穴に祈願すると無事安産できるといわれているそうです。
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レンガ塀の横を歩きます。
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東福寺
臨済宗東福寺派の本山。1255年に七堂伽藍完成。奈良の東大寺と興福寺から1文字ずつとった寺名となっているそうです。
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東福寺の有名な通天橋。紅葉は見事です。
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琵琶湖疏水塩小路下
川端通と鴨川の間、地下水路だったのが塩小路下で外に流れてくる出口です。
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この後、直ぐ近くの京都駅まで歩きました。
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新緑の蹴上ツツジと琵琶湖疏水ウォーク(京都) [ウォーキング京都市]

新緑の蹴上ツツジと琵琶湖疏水ウォークに参加してきました。(20160503)

蹴上浄水場
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琵琶湖疏水
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新緑の蹴上ツツジと琵琶湖疏水を歩いてきました。蹴上のツツジは一般公開の前でツツジを見るには少し早かったようです。

当日は曇り、アップダウンもあるコースでしたが新緑の疏水沿いを歩くなど気持ち良いウォーキングになりました。

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集合場所二条駅近くの公園を出発して、二条城、堀川遊歩道、京都府庁、京都御所を経由して平安神宮まで歩きます。

二条駅近くの公園
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二条城
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堀川遊歩道
遊歩道沿いにツツジが咲いていました。
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京都府庁
京都府庁旧本館は、明治37年(1904)12月20日に竣工しました。昭和46年まで京都府庁の本館として、また、現在も執務室や会議室として使用されており、創建時の姿をとどめる現役の官公庁建物としては日本最古のもの。平成16年(2004年)12月10日に国の重要文化財に指定されたそうです。ルネサンス様式に属する建物の外観は、正面の一段高くなった屋根を中心に左右両翼に対称に張り出した形となっており、西洋近世の大邸館をほうふつとさせるものがあります。建物内部には和風の優れた技術が巧みに取り入れられており、内部意匠は建築よりも、むしろ工芸品といった趣さえ感じられます。

一般公開されていたので、中の一部を見学することが出来ました。

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京都御所
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京都御所の堺町休憩所で休憩した後、鴨川河川敷を歩き平安神宮まで歩きます。

鴨川河川敷
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平安神宮
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平安神宮近くの岡崎公園で昼食休憩になりました。


昼食休憩後は蹴上浄水場、永興寺、琵琶湖疏水を経由して山科駅まで歩きました。

蹴上浄水場
浄水場のツツジは本当に見事ですが、当日は少し早かったようです。
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浄水場の前を通過して、琵琶湖疏水に向けて歩きます。

結構、長い坂道を歩きました。
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日の岡第11号橋
日本で最初の鉄筋コンクリートの橋だそうです。
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永興寺(ようこうじ)
曹洞宗のお寺。曹洞宗の開祖道元禅師の弟子詮彗和尚が京都市内に1254年に永興庵を結びましたが、比叡山徒の焼き討ちにあい、市内を転々としていたのですが、1919年にこの地に行き着きました。現在の本堂は1984年に新築されたものだそうです。
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琵琶湖疏水
新緑がまぶしい位で気持良かったです。
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ゴールのJR山科駅です。
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今回の京都蹴上浄水場のツツジは満開では無かったですが、
前回の記事にアップ致しました大阪浅香山のツツジは満開でした。
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京都初詣ウォーク(京都) [ウォーキング京都市]

京都初詣ウォークに参加してきました。(20160104)

二条大橋から見た鴨川
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2015年の京都初詣ウォークは雪景色でした(その時のブログはこちら
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今年初めてのウォーキング参加になります。

当日は最高気温16℃と3月~4月上旬並みの気温で、少し汗ばむ感じの天気。お陰さまで気持ちの良いウォーキングになりました。(昨年は雪の残る寒い中でのウォーキングでした。)

冬の京都の有名な初詣の平安神宮、清水寺、伏見稲荷大社などを歩いてきました。

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集合場所のJR京都駅を出発して、すぐ近くの東本願寺を経由して佛光寺まで歩きます。

集合場所のJR京都駅の前にある京都タワーです。
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東本願寺
東本願寺は浄土真宗「真宗大谷派」の本山。正式名称は「真宗本廟」だそうです。
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東洞院通
京都の佇まいを感じる通りを歩きます。
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佛光寺
佛光寺は真宗佛光寺派の本山。京都渋谷に寺基があった頃(1300年代後半 - 1400年代前半)は、同じ浄土真宗の本願寺をしのぐ勢力があったそうです。
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佛光寺で休憩になりました。

休憩後は鴨川河川敷を四条大橋、三条大橋、二条大橋を経由して平安神宮まで歩いていきます。
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四条大橋
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三条大橋
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平安神宮
平安遷都1100年祭(1895年・明治28)に市民の総社として鎮座。桓武、孝明両天皇を祀る。平安京大内裏の正庁を模した応天門、大極殿など朱塗りの建築が美しく、神苑(名勝)は約3万平方メートルの池泉回遊式庭園で、東、中、西、南の4苑にわかれ、それぞれの四季の花が見事に咲くそうです。
平安神宮の前の参道は綺麗な歩道になっていました。
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平安神宮の前の整備された広場で昼食休憩になりました。


昼食休憩後は自由歩行になりました。

南に向かって、知恩院、八坂神社、清水寺、東福寺などを経由して伏見稲荷大社まで歩きました。

知恩院
知恩院浄土宗総本山の寺院。山号は華頂山。本尊は法然上人像(本堂)および阿弥陀如来(阿弥陀堂)、開基(創立者)は法然。浄土宗の宗祖・法然が後半生を過ごし、没したゆかりの地に建てられた寺院で、現在のような大規模な伽藍が建立されたのは江戸時代以降。徳川将軍家から庶民まで広く信仰を集め、今も京都の人々からは親しみを込めて「ちよいんさん」「ちおいんさん」と呼ばれているそうです。
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八坂神社
八坂神社は全国にある八坂神社や素戔嗚尊を祭神とする関連神社(約2,300社)の総本社。通称として祇園さんとも呼ばれるそうです。
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石堀小路、高台寺近くを歩きます。
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二年坂、産年坂を歩きます。
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清水寺
清水寺は山号を音羽山。本尊は千手観音、開基(創立者)は延鎮。もとは法相宗に属したが、現在は独立して北法相宗大本山を名乗る。西国三十三所観音霊場の第16番札所だそうです。
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清水寺付近からみた京都市内
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妙法院門跡
妙法院は天台宗の寺院、山号を南叡山。本尊は普賢菩薩、開基は最澄。皇族・貴族の子弟が歴代住持となる別格の寺院を指して「門跡」と称するが、妙法院は青蓮院、三千院(梶井門跡)とともに「天台三門跡」と並び称されてきた名門寺院。また、後白河法皇や豊臣秀吉ゆかりの寺院としても知られる。近世には方広寺(大仏)や蓮華王院(三十三間堂)を管理下に置き、三十三間堂は近代以降も引き続き妙法院所管の仏堂となっているそうです。
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東福寺
創建は鎌倉時代。摂政関白・藤原(九條)道家が、南都東大寺と興福寺から「東」と「福」の二字をとり、九條家の菩提寺として造営。仏殿には高さ15mの大仏立像を安置。京の「新大仏寺」として1236年より19年をかけて、都最大の伽藍を完成させたものだそうです。
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伏見稲荷大社
伏見稲荷大社は式内社(名神大社)、二十二社(上七社)の一社。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁に属さない単立神社。稲荷山の麓に本殿があり、稲荷山全体を神域とする。全国に約3万社あるといわれる稲荷神社の総本社。初詣では近畿地方の社寺で最多の参拝者を集める(日本国内第4位〔2010年〕)。
外国人に人気の観光スポット2年連続第一位(2014,2015年)だそうです。
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ゴールした後、伏見稲荷大社にお参りをしました。その様子をアップしたメインブログはこちらから


お参りしたあと、すぐ近くの京阪電鉄伏見稲荷駅まで歩きました。


鴨川河川敷で見かけました。いいですね。
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西大路七福社巡り(京都) [ウォーキング京都市]

「西大路七福社巡り(京都)」に参加してきました。(20151213)

名倉公園近くのメタセコイアの並木道
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当日は晴れのち曇りの中のウォーキングでした。

師走の京都西大路の東西両側にある神社七社にお参りして、今年一年を感謝の気持ちで締めくくりさせて頂きました。
西大路七福社ご利益めぐりは西大路通周辺にある7社を正月元旦から2月に巡拝し朱印を受けるもの。1983年に当初は5社巡りで始まり、翌1984年に7社になったそうです。
七社は知恵・学問の吉祥院天満宮、開運の若一神社、厄除の西院春日神社、建築方除の大将軍八神社、開運の平野神社、安産のわら天神宮、延命長寿の熊野神社衣笠分社です。


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集合場所のJR西大路駅を出発して、南の吉祥院天満宮をお参りした後、再び北に向かい若一神社、名倉公園、西院春日神社を経由して三条坊町児童公園まで歩きます。

JR西大路駅近くの公園
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吉祥院天満宮(知恵・学問)
朱雀天皇が菅原道真を尊崇して勅祀した初の天満宮。また遺唐使だった道真の祖父が船で唐へ向かう途中、海上で霊験を得たという吉祥天女を帰国後自ら刻みまつったのがはじまりといわれているそうです。
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若一神社(開運)
平安末期平清盛がここに別邸を建て「西八条殿」と称し、紀州熊野の若一王子の御霊を祭ったのが始まり。以後清盛の勢威がのびたというので開運出世の神として崇められているそうです。
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西院春日神社(厄除)
平安初期、淳和天皇が淳和院に奈良春日大社よりご分霊を迎えておまつりされたことが起こり。神前の霊石で皇女の疱瘡が治り、病気平癒の神として崇められたという。江戸期にも歴代天皇が健康祈願をされた。また境内の摂社、還来(もどろき)神社は旅行安全の神として有名だそうです。
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三条坊町児童公園で昼食休憩になりました。
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昼食休憩の後、再び北に向かって、大将軍八神社と妖怪ストリート、北野天満宮、平野神社、わら天神宮まで歩きます。


妖怪ストリート
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妖怪たち
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大将軍八神社(建築方除)
桓武天皇が794年(延暦13)王城鎮護のために星神大将軍を勧請したといわれる社。社殿は昭和初年権現八棟造で造替。方徳殿に大将軍神像80体(重文)と陰陽道安倍家の古天文暦道資料(府文)があり、方除け厄除けの神だそうです。
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北野天満宮
「北野の天神さん」と親しまれている北野天満宮は、天暦元年(947)に創建され、平安時代に学者・政治家として活躍した菅原道真公をお祀りする全国に約一万社御鎮座する天神社・天満宮の宗祀(総本社)の神社である。現在は、特に学問の神様としての信仰篤く、学問に勤しむ多くの学生が参拝に訪れる。国宝・本殿は慶長12年(1607)に豊臣秀頼が造営したもので八棟造と称され絢爛豪華な桃山建築。菅公が殊のほか愛でられた梅と紅葉の名所でもある。毎月25日は縁日で、境内には多くの露店が立ち並び賑わいをみせるそうです。
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銀杏の葉でしょうか、お掃除していました。
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平野神社(開運)
794年(延暦13)平安遷都の際、この地に遷座。朝廷も崇敬され、たびたび行幸。のち源氏、平家の氏神となる。現在の社殿は寛永年間(1624-44)の造営で平野造とよばれ本殿は重文。伊勢神宮、松尾大社などとならぶ格式ある名社だそうです。
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わら天神宮(安産)
祭神のコノハナサクヤヒメは北山天神丘に古代から祭られていたが、1397年(応永4)足利義満が金閣寺造営のさい鎮守神として現在地に遷座した。昔から安産の神として‘はら帯天神’、‘わら天神’と称えられたそうです。
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わら天神宮の後は南に向かって、熊野神社衣笠分社を経由してごールのJR円町駅まで歩きました。

熊野神社衣笠分社(延命長寿)
閑静な住宅地の中に分社は形を変えて鎮座する。拝殿の三角屋根に千木を一組だけ上げて八咫烏の飾り瓦を付ける。本殿は正面の壁をくり抜き祠を納めて飾り金具を光らす。定礎は昭和五十九年だそうです。
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JR円町駅
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昼食場所の三条坊町児童公園の近くでユニークな看板の路面電車を見かけました。
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ご訪問していただきありがとうございました。




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嵐山・嵯峨野紅葉ウォーク(京都) [ウォーキング京都市]

「嵐山・嵯峨野紅葉ウォーク(京都)」に参加してきました。(20151125)

仁和寺
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当日は曇りの中のウォーキングでした。

京都の紅葉の名所の仁和寺、千代の古道、奥嵯峨野、嵐山、天龍寺などの紅葉を楽しんできました。

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集合場所のJR花園駅を出発して法金剛院、仁和寺、文徳天皇陵を経由して平安郷まで歩きます。

JR花園駅
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法金剛院
平安時代の初め、右大臣清原夏野の山荘を没後寺とした。1130年(大治5)待賢門院の御願により当院を建立。円覚上人によって再興。丈六の本尊阿弥陀如来坐像(重文)は定朝様、平安時代後期の代表的な仏像。
庭園(特別名勝)は平安末期の池泉回遊式浄土庭園。関西花の寺第十三番だそうです。
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仁和寺
真言宗御室派総本山。仁和2年(886年)光孝天皇が仏教の隆盛を図るため、「西山御願寺」の建立を発願され、宇多天皇が仁和4年(888年)年その造営を完成。ユネスコの世界文化遺産に登録。江戸時代の儒学者貝原益軒の「京城勝覧」という京都の名所の案内書にも、吉野の桜に比べて勝るとも劣らないと絶賛され、大正13年に国の名勝にも指定されたそうです。
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文徳天皇陵までの途中で京福電鉄の横を歩きます。
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文徳天皇陵
文徳天皇は天安2年(858)に冷然院において崩じ、真原(さねはら)岡の地に葬られ、陵の所在についてはいくつか説があったそうです。最有力の候補とされてきたのは天皇ノ杜古墳(京都市西京区御陵塚ノ越町)でした。幕末の谷森善臣の推定により、御廟山と呼ばれていた丘上の茶臼山という塚が比定、京都市右京区太秦三尾町に所在する現陵(径約32m、高さ約6mの円墳)だそうです。
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広沢池
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平安郷
平安郷のある地域は京都・嵯峨野の中でも特に平安時代の面影を残し、歴史的風土保存特別地区に指定されて美観や歴史的風情が保たれているそうです。平安郷は広々とした庭に2本の小川が配され、梅、桜、楓など季節を彩る花木や約100種類もの山野草が植えられていて、さらに庭の奥には、閑静な竹林(約3千坪)や嵯峨野を一望できるスポットもあり四季折々の美しさを満喫できるそうです。
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平安郷で昼食を頂きました。
初めて中に入れてもらいました。広々とした芝生の上で昼食を食べましたが、とても気持ち良かったです。


昼食休憩後、遮照寺を巡り、再び千代の古道を歩きます。

遮照寺
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千代の古道
平安京ができる前から宇多野・嵯峨野へと通じた古道。都人たちがこの道を通ってお月見に出かけたともいわれているそうです。私は2回目ですが、何度歩いても気持ちが良いだろうなと思いました。
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長閑な田園風景の千代の古道を楽しんだあと、ニ尊院、嵐山公園、宝厳院、天龍寺まで歩きます。

ニ尊院
旧嵯峨街道の北、数分で渡月橋に行き着く道を南に行くと西手にニ尊山西光院がある。西光院は平安末期の僧であり歌人である西行法師が住したと伝えられる2つの庵を起源にする西光寺と旧街道の南にあった西光庵の二寺が、明治42年に合体し、寺を改築。山号をニ尊山、寺号を西光院と改称し、現在まで約100年その姿を保っている。御本尊には、山号の通り旧西光寺の阿弥陀如来立像と旧西光庵の阿弥陀如来立像の二尊を祀り、身丈がほとんど同じ阿弥陀仏は並んで安置されているそうです。
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嵐山の竹林
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嵐山付近の保津川
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宝厳院
宝厳院(ほうごんいん)は京都府京都市右京区にある臨済宗天龍寺派の寺院で天龍寺の塔頭。山号は大亀山。庭園は江戸時代の京都の名所名園案内記「都林泉名勝図会」(寛政11年(1799年))にも掲載されていたほどの名園。庭園や建物は時代劇の撮影に使用されるそうです。
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天龍寺
後嵯峨天皇の亀山離宮があったところに、暦応2年(1339年)、足利尊氏が後醍醐天皇の菩提を弔うため、夢窓国師を開山として創建した禅寺。方丈裏の庭園(史跡・特別名勝)は往時の面影を伝えていて、嵐山、亀山を背景とした池泉回遊式庭園で貴族文化の伝統と禅好みの手法が溶け合い四季折々の美しさを見せるそうです。
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このあと天龍寺からゴールのJR嵯峨嵐山駅まで歩きました。



嵐山渡月橋で新郎、新婦さんたちを見かけました。いいですね。
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ご訪問していただきありがとうございました。




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竹林公園と大蛇ケ池をたずねて(京都) [ウォーキング京都市]

「竹林公園と大蛇ケ池をたずねて」に参加してきました。(20150802)

今回もとても暑い中のウォーキング。しっかりと水分、塩分をとりながら歩きました。
京都洛西の竹林公園、長岡天満宮などを歩いてきました。

竹の径
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JR桂川駅を出発。少しキツイ坂道、竹の径を経由して洛西竹林公園まで歩きます。

JR桂川駅を出発しました。今日も暑そうです。
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少し進むと田園風景の横を歩きます。
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冒頭の竹の道を通過すると洛西竹林公園に着きました。
ここで、少し休憩です。
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洛西竹林公園内には色々な竹がありました。
キッコウチクというそうです。
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竹林公園の中にある「竹の資料館」には色々な竹が展示されていました。
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竹の資料館で休憩した後、大蛇ケ池公園まで歩きます。

大蛇ケ池公園
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かち割りの氷のサービスを頂きました。冷たくて美味しかったです。
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大歳神社
創建は養老2年(718年)。昔は栢(かしわ)の木が繁茂していたことから境内は栢森(かしわもり)と言われ栢の社とも言われ、伊勢神宮から移された棟門と鮮やかに青い虫籠窓のような塀が特徴的。本殿は皇紀二千年記念事業で長岡天満宮の本殿を移築、小ぶりながらも格調がある。五穀豊穣の大歳神、石作神などを祀る。石作神は代々石棺を作ってきた石作氏の祖神で、弥生時代の垂仁天皇の后の崩御の際、石棺を献上したといわれているそうです。
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光明寺
西山浄土宗の総本山光明寺は長岡京市西山のふもと粟生広谷。宗祖円光大師法然上人が御歳43歳の時、日本で最初に念仏の産声を上げられた立教開宗の地。紅葉も見事だそうです。
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光明寺の近くにある西山公園に向かいます。

西山公園で昼食休憩でした。


昼食休憩後、孟宗竹発祥の地、走田神社を経由して長岡天満宮に向かいます。

長岡天満宮
ご祭神は学問の神様として有名な菅原道真公。道真公が太宰府へ左遷される途中、かつて在原業平らと共に詩歌管弦を楽しんだこの地に立ち寄り、都を振り返って名残を惜しんだ事から「見返り天神」とも呼ばれていて、太宰府にお供した3人が別れ際に戴いた道真公自作の木像をご神体として祀ったのが長岡天満宮のはじまりと云われているそうです。
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長岡天満宮からゴールのJR長岡京駅まで歩きました。



西山公園近くのジャブジャブ池では子供たちが楽しそうに遊んでいました。
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また、その横にはひまわりが元気よく咲いていました。
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