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宇治十帖を訪ねて(京都府) [ウォーキング京都府]

「宇治十帖を訪ねて」に参加してきました。(20181103)

宇治橋からの宇治川上流の眺め
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京都宇治を舞台に展開される宇治十帖(源氏物語最後の十帖)を訪れるウォーキングに参加してきました。

当日は晴れ、最高気温20.6℃。気持ち良いウォーキングになりました。

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宇治十帖(うじじゅうじょう)
紫式部が著した世界的に有名な古典文学・源氏物語は全編54帖からなるが、最後の10帖は宇治を主な舞台にしていることから、通称「宇治十帖」と呼ばれているそうです。
柏木と女三宮の不義の子・薫と、源氏の孫・匂宮が、宇治八の宮の三姉妹・(大君、中君、浮舟)をめぐって織りなす恋物語。つよい仏教色、無常感が作品の主調をなし、優柔不断で恋に対して決定的な強引さを持たない薫の人物造形がライバルである匂宮や第一部、第二部の源氏と対比されている。薫の人物像はこの後の王朝物語、鎌倉物語に強い影響を与えたそうです。(「橋姫」より「夢浮橋」まで。薫20-28歳)

 1.東屋観音・東屋(あずまや)  第五十帖
 2.彼方神社・椎本(しいがもと)  第四十六帖
 3.手習(てならい)  第五十三帖
 4.三室戸・浮舟(うきぶね) 第五十一帖
 5.蜻蛉(かげろう) 第五十二帖
 6.早蕨(さわらび) 第四十八帖
 7.総角(あげまき) 第四十七帖
 8.宿木(やどりぎ) 第四十九帖
 9.橋姫神社・橋姫(はしひめ) 第四十五帖
10.夢浮橋(ゆめのうきはし) 第五十四帖

今回は4.三室戸・浮舟を除く九帖を巡ってきました。


当日は「宇治十帖」の古跡を巡りながら宇治の自然を歩く「宇治十帖スタンプラリー」が催されていました。

【宇治十帖の説明、写真は後半に纏めています】


集合場所宇治駅を出発して、源氏物語ミュージアム、宇治神社、宇治上神社を経由して大吉山展望台まで歩きます。

集合場所宇治駅
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宇治駅を出発して、直ぐに宇治橋を渡り、宇治十帖を巡ります。

宇治橋(うじばし)
大化2年(646)に奈良元興寺の僧道登によって最初に架けられたと伝えられ、「瀬田唐橋」「山崎橋」とともに、日本三古橋のひとつに数えられている。現在の橋は、平成8年(1996)3月に完成したもので、檜製の高欄に青銅製の擬宝珠を冠し、宇治橋が持つ歴史的イメージを残し、周辺の景観にも調和したデザインになっている。上流側に張り出した「三の間」は守護神「橋姫」を祀った名残とか、豊臣秀吉が茶の湯に使う水を汲ませたところともいわれ、そこからの上流の眺めは絶景だそうです。
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東屋観音・東屋を通過します。
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彼方神社・椎本を通過します。
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手習の杜を通過して、源氏物語ミュージアムに向かいます。
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源氏物語ミュージアムに着きました。

源氏物語ミュージアム(げんじものがたりみゅーじあむ)
2018年9月14日、1998年開館以来2度目のリニューアルオープン。源氏物語ミュージアムは、市民や観光客に楽しみながら平安文化を理解してもらおうというもので、特に全国の源氏ファンにとっては見逃せない施設です。館内では「宇治十帖」の世界を分かりやすく紹介するほか、源氏物語に関する文献、史料、小説などのライブラリー機能を持ち、コンピュータによる情報検索もできるそうです。
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紅葉が綺麗でした。
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少し休憩後、大吉山展望台に向かいます。

宇治神社、宇治上神社を通過します。

宇治神社(うじじんじゃ)
正しい道へと導く神の使い「みかえり兎」が御祭神の傍に。宇治の産土神として、地元の人に親しまれる神社。古くは離宮八幡宮と呼ばれました。祭神の菟道稚郎子は幼い頃から聡明で、百済の阿直岐、王仁などを師に迎え、学問を極められたことから、学業、受験、合格の神様として崇められています。本殿は鎌倉時代初期の建築で国の重要文化財に指定されています。他に木造狛犬や白色尉面など貴重な文化財も伝わっているそうです。
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宇治上神社(うじがみじんじゃ)
宇治上神社は現存する日本最古の神社建築を有し、宇治川の東岸、朝日山のふもとに鎮座しています。創建の年は定かにはなっていませんが、延長5年(927年)に編纂された「延喜式」の神名張の中に宇治上神社の存在が確認できることから、それよりも以前に創建されたと推定されているそうです。
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大吉山展望台に登りました。

綺麗な見晴らしでした。
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眼下に平等院が見えました。
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大吉山展望台で昼食休憩になりました。


昼食休憩後、 興聖寺、天ケ瀬吊橋、白虹橋、平等院を経由して宇治駅まで歩きました。

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興聖寺(こうしょうじ)
興聖寺は仏徳山と号する曹洞宗の名刹で道元禅師を開祖としています。1649年、当時の淀城主、永井尚政によって、宇治七茗園の一つの朝日茶園であった現在の場所に再興されました。本堂は伏見城の遺構と伝えられ、その奥に建つ天竺堂には、源氏物語宇治十帖古跡の「手習の杜」に祭られていた「手習観音」が安置されており、春秋に美しい「琴坂」とともに人気の観光ポイントだそうです。
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天ケ瀬吊橋を渡ります。

天ケ瀬吊橋(あまがせつりはし)
天ヶ瀬吊り橋は昭和17年に架設、昭和28年に一度流失、平成8年に全面改修されたものだそうです。
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白虹橋を渡ります。

白虹橋(はっこうばし)
昭和22年竣工の宇治市槇島町~宇治市金井戸に架かる橋。天ヶ瀬ダムが目前です。
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天ケ瀬ダム周辺は工事中でした。

天ヶ瀬ダム(あまがせだむ)
天ヶ瀬ダムは淀川本川筋で最初にできた多目的ダムで、高さ72メートル、長さ254メートルのアーチ式ダムで京セラドーム大阪 約17杯分(2,000万トン)の水を貯めるそうです。
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再び、天ケ瀬吊橋を渡ります。
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平等院に向けて宇治川沿いを歩きます。
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宇治市観光センタを通過します。
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平等院(びょうどういん)
平安時代の後期、1052年に宇治関白藤原頼道(よりみち)が、父道長の別荘を寺院に改めたもの。「鳳凰堂(ほうおうどう)」は、その翌年に阿弥陀堂として建てられ、仏師定朝(じょうちょう)の作になる阿弥陀如来坐像が安置されている中堂と、左右の翼廊、背面の尾廊で成り立っている。大屋根には鳳凰が飾られ、内部は絢爛な宝相華文様や極彩色の扉絵で装飾されています。二重の天蓋や雲中供養菩薩像も必見。平等院鳳凰堂は10円玉にデザインされていることでも有名ですね。
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宇治橋の紫式部像
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この後、宇治駅まで歩きました。




宇治十帖
(ネットから引用させていただきました)

 1.東屋観音・東屋(あずまや)  第五十帖
(薫26歳秋)
浮舟は母の再婚により田舎受領・常陸介の継娘として育てられ、父の財力のために求婚者は多い。しかし母は高貴の男性との婚姻を望んで、彼女を中君の元に預ける。母の意中は薫にあったが、ある夜、匂宮が見つけて強引に契りを結ぼうとしたためにあわてて浮舟を引き取り、後に薫と相談して宇治に移す。

     『さしとむる葎(むぐら)やしげき東屋の
      あまり程ふる雨そそぎかな』

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 2.彼方神社・椎本(しいがもと)  第四十六帖
(薫23歳2月-24歳夏)
春、匂宮は宇治に立寄り、次女・中君と歌の贈答をする。秋、八の宮が薨去。二人の姫君たちは薫に托された。薫は中君と匂宮の結婚を計画し、自らはを大君に想いを告げるが彼女の返答はつれない。しかし薫の慕情はいっそうつのる。

     『たちよらむ蔭(かげ)と頼みし椎が本
      むなしき床(とこ)になりにけるかな』

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 3.手習(てならい)  第五十三帖
(薫27歳3月から28歳夏)
実は浮舟は、横川の僧都によって入水自殺後に助けられていた。やがて健康が回復した彼女はみずからの名を明かさないまま、入道の志を僧都に告げて髪を下ろす。やがて、明石中宮の加持僧である僧都が浮舟のことを彼女に語ったため、このことが薫の知るところとなる。

     『身を投げし涙の川の早き瀬を
      しがらみかけて誰かとどめし』

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 4.三室戸・浮舟(うきぶね) 第五十一
(薫27歳春)
浮舟への執心やまぬ匂宮は、中君への手紙から彼女の居所を察し、薫を装って宇治に赴いて強引に浮舟との関係を結んでしまう。やがて浮舟も宮を憎からず思うようになるが、何も知らない薫は彼女を京に移そうと準備を始め、匂宮もこれに対抗してみずからのもとに彼女を連れ去る計画を立てる。その結果匂宮とのことは薫の知る所となり、裏切りを詰る歌を贈られた浮舟は二人の男のあいだで懊悩する。

     『橘の小島は色もかはらじを
      この浮舟ぞゆくへ知られぬ』

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 5.蜻蛉(かげろう) 第五十二帖
(薫27歳春から秋)
浮舟は行方不明になり、後に残された女房たちは入水自殺を計ったと悟って嘆き悲しみながらも、真相を隠すために急遽葬儀を行う。薫もこのことを知って悲嘆にくれる。夏になって、薫は新たに妻の姉・女一宮に心惹かれるものを感じるのであった。

     『ありと見て手には取られず見れば又
      ゆくへも知らず消えし蜻蛉』

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 6.早蕨(さわらび) 第四十八帖
(薫25歳春)
翌年、大君の喪が明けて中君は匂宮の元に引き取られる。薫は後見として彼女のために尽くすが、それがかえって匂宮に疑われる始末であった。

     『この春はたれにか見せむ亡き人の
      かたみにつめる峰の早蕨』

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 7.総角(あげまき) 第四十七帖
(薫24歳8月から年末)
薫は再び大君に語らうが想いは受け入れられず、むしろ大君は中君と薫の結婚を望む。秋の終わり、大君により中君と薫が一つ閨に取り残されるが、薫は彼女に手を触れようとしない。やがて当初の計画通りに薫は匂宮と中君の結婚を果たすが、匂宮の訪れは途絶えがちで、これを恨んだ大君は病に臥し、遂には薫の腕のなかではかなくなる。

     『総角に長き契りを結びこめ
      おなじ所によりもあはなむ』

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 8.宿木(やどりぎ) 第四十九帖
(薫24歳春-26歳4月)
匂宮と夕霧の娘・六の君が結婚し、懐妊中の中君は行末を不安に思う。それを慰めるうちに彼女に恋情を抱き始めた薫に中君は当惑するが、無事男子を出産して安定した地位を得る。一方で薫は今上帝の皇女・女二宮と結婚するが傷心は癒されない。しかし初瀬詣の折に、故大君に生き写しである中君の異母妹・浮舟を垣間見て、心を動かされるのだった。

     『宿りきと思い出でずば木(こ)のもとの
      旅寝もいかに寂しからまし』

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 9.橋姫神社・橋姫(はしひめ) 第四十五帖
(薫20-22歳10月)
源氏の弟・八の宮は二人の娘とともに宇治に隠棲し、仏道三昧の生活を送る。みずからの出生に悩む薫は八の宮の生き方を理想としてしばしば邸を訪れるうちに、ふとしたことから長女・大君に深く心を引かれるようになる。都に戻って薫が宇治の有様を語ると、匂宮もこれに興味をそそられるのであった。

     『橋姫の心をくみて高瀬さす
      棹のしづくに袖ぞぬれぬる』

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10.夢浮橋(ゆめのうきはし) 第五十四帖
(薫28歳夏)
薫は横川に赴き、浮舟に対面を求めるが僧都に断られ、浮舟の弟・小君に還俗を求める手紙を託す。しかし浮舟は一切を拒んで仏道に専心することのみを思い、返事すらもない。薫は浮舟に心を残しつつ横川を去るのであった。

     『法(のり)の師とたづぬる道をしるべにして
      思はぬ山に踏み惑うかな』

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ご訪問していただきありがとうございました。




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