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琵琶湖一周ウォークその7 湖北賤ケ岳隊道コース[ウォーキング琵琶湖一周] [ウォーキング琵琶湖一周]

「琵琶湖一周ウォークその7」に参加してきました。(20181021)

賤ケ岳隊道近くからの景色
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竹生島を臨む
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湖北水鳥ステーション近く
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琵琶湖一周9回割ウォーク
琵琶湖一周9回割ウォークは琵琶湖一周の約235kmを1月から12月(※)にかけて合計9回で回るウォーキングです。冬の寒い日も夏の暑い日も雨の日もあると思いますが全参加を目指して頑張りたいと思います。
(※20181106)
台風の影響で9月実施予定が12月に変更になりました。


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「琵琶湖一周9回割ウォーク」の第7回目。今回は長浜駅から近江塩津駅まで歩きました。
当日は晴れ、最高気温21.5℃。爽やかな秋晴れの中、楽しいウォーキングになりました。

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地図 (2).JPG


集合場所近長浜駅を出発して、南浜ぶどう園、奥びわスポーツの森を経由して道の駅・湖北水鳥ステーションまで歩きます。

集合場所の長浜駅を出発します。
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直ぐに、豊臣秀吉が始めて築いた城(長浜城)の横を通過します。

長浜城(ながはまじょう)
天正元年(1573)に羽柴秀吉(豊臣秀吉)が浅井長政攻めの功で織田信長から浅井氏の領地を拝領した際に、当時今浜(いまはま)と呼ばれていた地を“長浜”と改め、城とを築きました。一説には、信長の名から一字拝領し長浜に改名したと言われています。長浜城は、秀吉が最初に築いた居城であり、秀吉の城下町経営の基礎を醸成した所。江戸時代前期に廃城になり、遺構は彦根城や大通寺に移築されました。その跡には、僅かな石垣と井戸だけが残されていましたが、昭和58年(1983)に 安土桃山時代の城郭を模して「昭和新城」を復興され、内部は歴史博物館として公開しているそうです。
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奥びわスポーツの森に向かいます。
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綺麗な青空でした。
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南浜ぶどう園(みなみはまぶどうえん)近くの「みずべの里」を通過します。
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姉川大橋を渡ります。
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奥びわスポーツの森(おくびわすぽーつのもり)
「奥びわスポーツの森」は、滋賀県の恵まれた自然環境を有効に活用し、地域の人々が自然に親しみながら、気軽にスポーツやレクリエーションなどを楽しめる憩いの広場として湖北地方、各地の人々が利用できる公園だそうです。
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湖北水鳥ステーションに向かいます。

湖北水鳥ステーションの近く。綺麗な景色でした。


湖北水鳥ステーション(こほくみずどりすてーしょん)
琵琶湖東北部、琵琶湖岸「さざなみ街道」沿い、四季を通してさまざまな野鳥が訪れる水鳥公園内にあり、湖面に映える幻想的な夕陽は夕陽百選に選ばれているそうです。
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道の駅・湖北水鳥ステーション近くで昼食休憩にしました。


昼食休憩後、片山トンネル、八幡神社、賤ケ岳隊道、藤ヶ崎トンネル、塩津神社を経由して近江塩津駅まで歩きました。

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片山トンネル(かたやまとんねる)を通過します。
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片山トンネルを通り抜けると田園風景が広がっていました。
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八幡神社を通過します。
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余呉川沿いを歩きます。
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賤ケ岳隊道に向かいます。
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賤ケ岳隊道(しずがたけずいどう)
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藤ヶ崎トンネルに向かいます。
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藤ヶ崎トンネル(ふじがさきとんねる)
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塩津神社(しおつじんじゃ)
鎭座の年代不詳。往古は淺井半郡の総社で国司の奉幣する所であった。海北宮と称され、寛永年間伏見稻荷の分霊を勧請して稻荷明神または海北稻荷明神とも称した。明治5年塩津神社と称するようになったそうです。
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塩津海道(しおずかいどう)
近江と呼ばれる琵琶湖は、古くから奈良・京都と密接な関係で大陸から若狭に上がり山一つ越えて湖北から船を出せば湖南までは一直線の歴史的、物資的の回廊であった。
塩津は古来より、敦賀と琵琶湖の水運を結ぶ主要道「塩津街道(しおつかいどう)」の基点として栄えた。特に、塩津湾に臨む塩津浜は「延喜式(えんぎしき)」にも北陸との経由地として記されているほか、海津(かいづ)、大浦(おおうら)と共に、湖北3浦としても有名。近世に至るまで、北陸から京都大阪に向かう物資の多くは陸路「塩津街道」を通り塩津に運ばれ、ここから船に積みかえ、琵琶湖を渡り大津で陸揚げし、そこから陸路、目的地に運ばれた。交通手段の変化により、湖上交通は、現在では全くその機能を失ってしまいましたが、塩津の街並や、街道常夜灯に往時の繁栄を偲(しの)ぶことができるそうです。
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この後、近江塩津駅まで歩きました。
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近江塩津駅
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ご訪問していただきありがとうございました。



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