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堺の寺社仏閣_公園旧跡巡り(大阪) [ウォーキング大阪府南部]

「堺の寺社仏閣&公園旧跡巡り」に参加してきました。(20170913)

堺泉北港
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大阪堺の歴史的な街並みと公園旧跡などを歩いてきました。

当日は晴れ、30.6℃。暑かったですが、気持の良いウォーキングになりました。


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集合場所堺市駅近くの公園を出発して方違神社、西本願寺、堺利晶の杜、旧堺燈台を経由して大浜公園まで歩きます。

堺市駅近くの公園を出発して、方違神社に向かいます。
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方違神社(ほうちがいじんじゃ)
河内・和泉・摂津三国の境にある方位のない清地とされ方除祈願で有名。遠方への旅や家を移る時などに参れば災難に会わないという言い伝えから、新築・転居等の厄除けで各地から多くの人々が参詣に来られるそうです。
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少し、休憩後、西本願寺堺別院、堺利晶の杜に向かいます。
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西本願寺(にしほんがんじ)
「北の御坊さん」として親しまれている西本願寺堺別院は、足利義氏(よしうじ/1189-1254)の四男・道祐(どうゆう)が、本願寺三世覚如に帰依して建立したのが始まりとされている。文明8年(1476)、5世樫木屋道顕(かしきやどうけん)が本願寺八世蓬如を招き、その住居として現存している「信証院」を建てた。寛文3年(1663)には、十三世乗珍が寺地を西本願寺に寄進、以来別院となった。現在の本堂は、文政8年(1825)に再建されたもので、堺市に現存する最大の木造建築とされる。廃藩置県に伴って明治4年から10年間(1871~1881)は、本堂と境内の土地が堺県庁として貸与され、堺別院は宿院町に移転していた。そのため、別院は「堺県庁跡」として大阪府指定史跡に。境内には堺出身の歌人・与謝野晶子の歌碑のほか、高さ20m、幹の周り3.65mもある銀杏の巨木が、この寺の歴史を語るかのように根をおろしているそうです。
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休憩後、堺利晶の杜、旧堺燈台、大浜公園に向かいます。

路面電車沿いを歩きます。
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堺利晶の杜(さかいりしょうのもり)
2015年3月20日オープン。堺が生んだ茶の湯の大成者「千利休」と、日本近代文学を切り拓いた歌人「与謝野晶子」の生涯や人物像などを通じて、堺の歴史・文化の魅力を発信する文化観光施設だそうです。
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堺駅付近です。
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旧堺燈台(きゅうさかいとうだい)
堺のシンボルの一つとして保存。現地に現存する日本最古の木造洋式灯台として国指定史跡に指定されているそうです。
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大浜公園に着きました。
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ここで、昼食休憩になりました。


昼食休憩後、南宗寺、仁徳天皇陵、大仙公園を経由して上野芝駅まで歩きました。

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南宗寺(なんしゅうじ)
1557年三好長慶が父の菩提を弔うため大林宗套を開山に建立。夏の陣で焼失後沢庵宗彭らが再建、国の名勝枯山水の庭、重要文化財仏殿・山門・唐門、千家一門の供養塔、利休好みの茶室実相庵などがあります。南宗寺の山門は国の重要文化財に指定されているそうです。
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仁徳天皇陵、大仙公園、履中天皇陵に向かいます。
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仁徳天皇陵(にんとくてんのうりょう)
全長約486mの日本最大の前方後円墳。エジプトのクフ王のピラミッド、中国の秦の始皇帝陵と並ぶ世界3大墳墓の一つといわれ、上から見ると円と四角を合体させた前方後円墳という日本独自の形で、5世紀中ごろに約20年をかけて築造されたと推定されているそうです。
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大仙公園
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履中天皇陵(りちゅうてんのうりょう)
石津ヶ丘にある全長約365mの日本で3番目に大きい巨大前方後円墳。仁徳天皇陵古墳より古く5世紀前半頃に造られ、百舌鳥耳原南陵、ミサンザイ古墳、石津ヶ丘古墳とも呼ばれる百舌鳥耳原三陵の一つだそうです。
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この後、上野芝駅まで歩きました。


ご訪問していただきありがとうございました。




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